200回 県都攻略、その後の戦略 2
その一方でユキヒコは、ソウスケの方の準備をととのえていく。
今後ソウスケは、敵地の中を動き回る潜入工作員となってもらう。
その手段として、生業だった行商人として活躍してもらう。
その為の道具や人員をそろえねばならない。
幸い、これらにはさほど問題は無い。
物資に輸送手段の馬車などは、そこらにあふれている。
制圧した県都の中にあるものを見繕えば十分に揃える事が出来る。
これは当座の運転資金も同様だ。
何せ、あちこちの貴族・商人の屋敷に資産が手に入ってるのだ。
当面の活動に支障が無い程度には余裕がある。
魔族側がいくらか接収はしてるが、それでもかなりの物品と資金をソウスケに渡せる。
特に絵画などの美術品などは、魔族にとっては何の価値もない。
こういったものはほぼ全てソウスケの手に渡った。
いずれ、
『ギリギリのところで持ち出せた希少品』
として用いる事も出来るだろう。
何にせよ、元手に困る事は無い。
難儀だったのは人だ。
さすがにゴブリンやイビルエルフ、鬼人に獣人らを使うわけにはいかない。
そんな事をすれば簡単に正体が露見する。
どうしても人間族で固めねばならない。
これが一番面倒な部分だった。
とはいえ、全くあてがないという事ではない。
魔族側にも人間族はいる。
邪神官がそうである。
この人間族も含め、魔族と総称されている。
ようは、崇拝する神の違いで魔族と分けてるだけである。
それも、女神/魔女イエル側がそう呼んでるだけの。
厳密に言えば、魔族とは異種族混成国家、あるいは異種族間同盟と呼ぶべきものになる。
その異種族同盟の中から人間族を呼び寄せる事で、とりあえずの人数を確保する事になる。
ただ、すぐに活動は出来ない。
異種族同盟/魔族側の人間族は、当然ながらイエル側の人間族社会になじみがない。
どうしても振る舞いや言葉使いで違いが出てしまう。
その為、イエル側の習慣などに習熟する時間が必要になる。
それまではおおっぴらに用いる事が出来ない。
そこで、ソウスケと共に当面行動する者には、別の者をあてる事になる。
これは、ユキヒコが洗脳をほどこしていく過程で見つけた者達だ。
いずれも、何らかの形でイエルへの崇拝、社会のあり方に疑問・反対の考えを抱いてる者達だ。
そういう人間がいる事にユキヒコも驚いた。
しかし、膨大な数の人間がいるのだ。
現状に疑問や不満、反発を抱く者も当然存在する。
その中でも、特にイエル崇拝や社会のあり方がおかしいと感じる者を集めた。
そのほとんどが、理由や原因は様々だが、この社会のあり方が間違ってると考えてる者である。
そうした者達を集め、協力者を抽出していった。
こういった者達なので、イエル側の社会のやり方にもなじんでいる。
商売人としての行動や知識には不慣れな者もいるが、それでも下働きくらいは出来る。
これらを配下におさめる事で、ソウスケの当面の行商隊を編成した。
「あとは任せるしかないけど、頑張ってほしい」
「分かってるよ」
言われるまでもないとソウスケは頷く。
「とりあえずは馬車一台か二台。
それで回してみる。
そうやって実地訓練だな」
「色々急がせて申し訳ない」
「気にすんな。
いつまでも足踏みしてるわけにもいかんのだろ」
「まあ、そうなんだけど」
「だったらやれるだけやるさ」
ソウスケにとってもきつい状況である。
最低限の教育や訓練はしている。
しかし、素人同然の者達を率いていくのは気が重い。
それでも拒否しないのは、そうしたくなるだけの理由があるからだ。
「あいつらを潰すためだ」
全ては教会、社会。
その頂点にいる女神/魔女イエル。
それを潰す為である。
少なくとも、イエルを崇拝する全てを破壊せねばならない。
イエルそのものを倒すのは難しい。
そもそも、神と呼ばれる存在を倒すにはどうすればいいのか。
それすらも疑問だ。
だが、それならば関連する全てを破壊すればいい。
乱暴な話だが、それがユキヒコやソウスケがたどり着いた考えの一つである。
幸い、魔族と合流が出来た。
女神/魔女イエルの敵対勢力。
それらを助けて攻め込めば、イエルに関わる全てを破壊していける。
結果として、イエルの存在をこの世から消し去る事が出来るだろう。
それが彼らの目標になっている。
「でもまあ、すぐに上手くいくってわけじゃないけど」
「みんなが仕事に慣れるまでは我慢か」
「そういう事。
俺も教育を頑張るけど、こればかりはね。
とりあえず三ヶ月くらいは余裕を見てほしい。
それくらいあれば、仕事に慣れるだろうから。
まともに動けるようになるのはそれからで、少し成果が出るのが半年後くらいだな」
それでもかなり早い方であろう。
素人をそれなりに動かせるようにして、求めてる役目の結果が出るまでの期間としては。
「それはありがたいけど、あんまり無茶はしないでくださいよ」
「そのつもりだよ。
でも、今は少しは無茶しないといけないだろ?」
「それはそうですけどね」
見透かされてるユキヒコは苦笑するしかない。
「でも、ある程度休みも入れてくださいよ。
俺たちの聖女様もいるので」
「そのうち顔を出すことにするよ」
今度はソウスケが苦笑する。
「それにしても、聖女様ねえ」
「ええ、ぴったりでしょ」
「まあな」
それが魔族用の売春宿であるのは既に聞いている。
いや、売春ですらない。
金を取らずに気持ちの良い事をやる場所なのだから。
「無償の奉仕を施すための聖女さま。
それが集まってるところですから」
教会の教義である奉仕。
それを逆手にとっての発言である。
だったらお前ら、ただ働きしろと。
そういった意味も聖女という言葉には込められている。
「まあ、そのうちな」
「ええ、そのうち」
いつになるか分からないが、そのうちと言っておく。
「それに、由比さんももってていいと思うんで」
「なにを?」
「──子供を」
「ああ…………」
それはさすがにソウスケも悩ましい顔をする。
シグレとの事にはとりあえずの決着がついた。
色々な事を吹っ切っても良いだろう。
だが、だからと言って今まで得られなかったものを手にするには、まだ気持ちの整理が必要だった。
次の段階に移行するには、まだ心の落ち着きが足りない。
だが、この先の事を考えておくのも悪くない。
「そうだな、そういうのもいて良いんだな」
「もちろん」
「分かった。
ある程度落ち着いてからお邪魔するよ」
「是非」
ソウスケは表情を崩す。
それは笑みというにはまだぎこちないものだった。
だが、確かにソウスケは笑顔を浮かべようとしていた。
こわばっていた顔を崩して。
ようやく少しは笑えるようになった事を示していく。
「それじゃあ」
「ええ」
「最後の始末をつけにいこうか」
「そうですね」
ソウスケの言葉に応えるユキヒコは共にその場から歩きだす。
最後に残ったものに決着をつけるために。




