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2回 裏切り────昨日までの敵に味方を売り払う、寝返りの土産として

 ユキヒコ達がやってきてるのは戦場である。

 それも最前線だ。

 当然ながら、敵との遭遇の可能性がある。

 実際、そうした敵との遭遇があり、これから攻撃を仕掛けようとしていたところだった。

 敵のゴブリンはまだこちらに気づいておらず、奇襲をかける絶好の機会だった。

 だが、今まさに攻撃を仕掛けようというところで、ユキヒコが仲間に襲い掛かった。



 それはゴブリンからしても驚くべき事だったのだろう。

 相手は逃げも隠れもせず、呆然とユキヒコの凶行を眺めていた。

 ただ、慎重に事の成り行きを見守っていたというわけではない。

 こちらもこちらで呆気にとられていたようだ。



 そんな彼らに、

「待っててくれて、ありがとう」

 ユキヒコは暢気に声をかけた。

「おかげで話が出来て助かる」

 そう言って、拘束してる女義勇兵に猿轡をかませていく。

 単に手拭を口につめただけだが、それでも余計な騒ぎをおこさせないで済む。

 そうしておいてから、

「とりあえず移動しようか。

 邪魔が入らないところに」

と提案をする。

「こいつを土産にするからさ」

 拘束した義勇兵を示しながら。



 そんなユキヒコの前でゴブリン達が騒ぎ始める。

 と言っても、大声を出すような馬鹿はいない。

 ユキヒコのほうを見つめながら、隣にいる者と何かを話しあっていく。

 警戒してるのだろう。



 それもしょうがないとは思う。

 ただ、いつまでもそんな事をされていても困る。

 このままここにいたら、他の義勇兵などがやってくる可能性がある。

 そうならないうちに、もう少し安全な場所に移動したかった。

 そのつもりで声をかけようとしたら、一人のゴブリンが前に出た。



「分かった」

 前に出てきたゴブリンは、警戒しながらもユキヒコに応じていく。

「何のつもりか知らんが、提案に乗ろう。

 俺もここに長居したくない」

「ありがたい」

 とりあえず交渉が上手くいったようでユキヒコは安心する。

「お前のいう土産にも興味があるからな」

「だろうな。

 ついでに、あいつらの装備もどうだ?

 まだ使えるものばかりだぞ」

 言いながらユキヒコは、死体になった三人を示す。

 ろくに戦闘もしてないそいつらの装備は、損傷らしい損傷もないので、そのまま使える。

「あんたらにとっては、悪い話じゃないだろ?」

「確かにな」

 ゴブリンはその提案にもうなづく。

 彼らも一応は武装してるが、その質はお寒いかぎりだ。



 目の前にいるゴブリン達の装備ときたら、ぼろきれのような服と、木製の盾。

 更に丸太を削っただけの棍棒といった有様だ。

 まともな兵器を支給されてるようには見えない。

 そんな彼らに比べれば、新人の義勇兵達の装備の方がいくらかマシというものだ。

 質が良いとはいえないが、金属製の刀剣を持ってるし、後衛は弓も装備している。

 防具のほうも革鎧や胴丸など、ボロ服よりははるかに上等なものを身に付けている。

 それらを強奪すれば、ゴブリン達の装備は格段の向上するだろう。



 早速ゴブリン達は、装備品の剥ぎ取りにかかる。

 それだけなら、それほど時間をかける必要もない。

 ただ、それだけでは少々不安も残る。

「出来れば死体も片付けたいけど」

 残っていれば、後続の巡回に見つかる可能性がある。

 それは出来れば避けたいところだった。



「仲間とか呼べないか?」

「そうだな……」

 統率者らしきゴブリンは少し考え、それから他のゴブリンに指示を出す。

「おい、他のを呼んできてれ。

 俺たちだけじゃ手が足りない」

 そういって二人を伝令に走らせる。



 その場に残ったユキヒコ達は、死体を担いで移動していく。

 とりあえず人の目につかないところに。

 それだけでも結構な労力になってしまった。

 体格が小さいゴブリンは、それに応じた体力しかない。

 彼らからすれば体の大きな人間族を運ぶのはかなりの重労働のようだった。

 そのため、二人の死体一つを運ぶことになる。

 本格的に隠すには、もう少し人数が必要だった。

 そのために応援を呼んでもらったのだ。



 その応援が到着するまで、ユキヒコはゴブリンと待機する事になる。

 下手に場所を動いてしまうと、応援でやってくる者達と合流できなくなる。

 なので、ある程度近くで潜んでいることになる。

 その間にゴブリンの方が尋ねてくる。



「どういうつもりだ?」

 口を開いたゴブリンの統率者らしき者が質問をしてくる。

「いきなり目の前で仲間割れをして。

 しかも、俺たちに声までかけてくるなんて」

「まあ、いきなりこんな事したら驚くよな」

「まったくだ。

 何が起こったかと思ったぞ」

「見ての通り、そしてあんたの言ったとおりだよ。

 仲間割れだ。

 正確には、俺がこいつらを裏切ったんだけど」

「……穏やかじゃないな」

 ゴブリンが険しい顔になる。

 その顔をみて、ユキヒコは警戒よりも感心をする。

(やっぱり、ゴブリンにも智慧はあるんだな)

 失礼な感想だが、ユキヒコが聞かされてる事からするとそう思ってしまうのも無理は無い。



 ユキヒコ達の側からすると、敵対してるゴブリン達は蛮族という事になっている。

 文化も文明も、ありとあらゆるものが劣ってると言われている。

 技術水準などはそれほど低くは無いが、道徳的に下劣な存在であると言われてはいた。

 それが事実かどうかはともかく、一般的な庶民出身のユキヒコなどはそう聞いて育ってきた。

 だから、前提としてどうしても相手を低く見てしまう傾向がある。

 しかし、こうして実際に言葉を交わしてみると、そうでもない事が分かってくる。



 ユキヒコの目の前にいるゴブリンは、意外と話が通じる。

 しかも知性を感じる。

 良識も備えてるようで、裏切りという言葉に嫌悪感を示している。

 本当に下劣な品性を持ってるなら、顔をしかめるといった反応を見せないはずだ。

 そうでない事から、そこに確かな知性が感じられた。



 人間の子供と同程度の能力。

 そして、同程度の知性、粗野で卑怯な性質と言われるゴブリンらしくない。

 少なくとも、目の前にいるゴブリンは、ユキヒコ達が抱いてる印象とは大きく違う。

 とはいえ、それに大きく驚くという事もない。

 戦場で彼らと敵対し、生死をかけて戦ってきたからこそ分かった事でもある。



 確かに武装の面でみれば、ゴブリンは程度が低い。

 しかし、決して無能でも愚かでもない。

 稚拙ではあっても、部隊として戦うくらいの智慧はある。

 それが出来る者が愚劣であるわけがない。

 彼らにはそれなりの知性や理性がある。

 戦いを通じて、ユキヒコはそんな事を確かに感じていた。



 こうして話していていくと、その考えは更に確信を増していく。

 会話が成立しないという事もない。

 言葉につまるところもあるが、それは単に知識が足りないというだけのようだった。

 教育や訓練を受ければ解消される問題である。

 何より、目の前のゴブリンは、小さいとはいえ部隊を率いているという。

 戦略も戦術もないような連中なら、部隊編成などする事も無く行動してるだろう。



 統率も、単に強いから率いる、といった単純なものでもないようだった。

 目の前のゴブリンは体格からすれば、他の二人とさして変わらない。

 少なくとも、腕力で他のものを従えてるというようには見えない。

 もっと別の、統率者としてふさわしい何かによって他の者達を率いてるように見える。

 ……彼に従う者達は、それこそ話に聞く野卑た存在のように見えるが。



(下っ端だしなあ……)

 それらを見ていて思う。

 人間も末端の兵隊なら同じようなものだと。

 知性もなく、粗野で卑怯な事だって平気で行う。

 そこに理性や道義といったものは感じられない。

 刹那的というか、目先の事だけを考えている。

 将来など全くみすえてない。

 教育は受けてるが、教養を身に付けてないように見えた。



 教育とは、読み書きや計算などだけではない。

 そういった事も基礎的な教育ではあるが、ここで言うのは、道義や道徳などを含んだ広範なものである。

 それは一般的な民衆にはなかなか浸透してないものだった。

 そこだけ見ればゴブリンと大差はない。



 まともに考えて行動するのは、一部の者達だけである。

 それは、持って生まれた素質として備えてたり。

 貴族などのように特別に修養を重ねる機会を得た者達くらいだ。

 ユキヒコ側の人間とてそんなものである。

 それは、人間だけでなく、エルフやドワーフなどの他種族にも言えた。



 逆に言えば、ゴブリンも一部はまともな連中がいるという事なのだろう。

 実際、戦場でもそうした者達に遭遇する事がある。

 そのほとんどは、戦士や呪術師といった戦闘職の者達である。

 だが、そういった者達がいるという事は、それを生み出すだけの何かがあるという事になる。

 当然ながら、そういった者達を抱えるだけの土台があるという事になる。

 相応の文明や文化が。

 それを目の前のゴブリンは体現してるようにも見えた。



「しかし、なんでまた」

 そんな割と優秀そうなゴブリンが尋ねてくる。

「なんでまた裏切りなんて」

「べつに」

 小さくため息を吐きながら応える。

 素っ気ない、覇気のない声で。

「ただ、飽きてね」

「飽きる?」

「こいつらと一緒にやっていくのに」

 言いながら、縛り上げた女義勇兵を示す。

 すすり泣くそれを見てゴブリンは、

「ふうん……」

と気のない返事をする。

 だが、内心ではそれなりに困惑していた。



 誰かを裏切るというのは、結構たいへんな事だ。

 まともな人間性を備えてるなら、なかなか出来るものではない。

 それをしたら、今までの繋がりをすべて失うことになる。

 また、家族や知人などにも影響が出る。

 裏切り者の家族、裏切り者と付き合いがあるとなれば、周囲の見方も変わる。

 阻害されるくらいはありえることだ。

 それを考えれば、なかなか踏み切れるものではない。

 他人を慮る心があるなら。



 だからこそゴブリンは警戒をしていた。

 もし、目の前の人間が人を簡単に裏切れるような性格だったなら。

 いずれは自分達もそれに巻き込まれることになりかねない。

 簡単に裏切る事が出来る者は、何度でも裏切るものだ。

 次は自分達が裏切られる可能性がある。

 それを考えると、簡単に相手を受け入れることは出来ない。

 だからこそ、相手の内心を確かめていかねばならない。

 そのための質問である。



「それは、こいつらと一緒にいるのが嫌だということか?」

 死体、そして四肢を縛られてる女義勇兵を指して尋ねる。

 それをユキヒコは、首を横に振って否定した。

「違う」

「ふむ……」

「こいつらが問題ってわけじゃないよ」

「では、なんで?」

「そうだな……」

 そこで少しばかり考えてからユキヒコは答えた。

「嫌になったんだな、国も神も。

 だからこっちに来ようと思った」

 そういうと大きなため息を吐く。

 それをゴブリンは神妙な顔で聞いた。



「なるほど」

 詳しい事情は分からないが、ただ事ではないと感じた。

 国はともかく、神まで嫌になるというのはそれなりの事だ。

 それはこの世界においては大きな意味を持つ。

「それで仲間を後ろから斬りつけたと」

「そうだ」

「お前らの神を裏切るために?」

「そうだな……そうなるな」

「そうか……」

 ゴブリンはそこで言葉につまった。

 神にまで嫌気がさしてるという聞いて、何を言えばいいのか分からなくなった。

 ただ、目の前の人間がかなり色々な事を抱えてるのは伺えた。

 それが何であるのかは分からないが。



「それで、こっちに寝返ると。

 神が嫌になるほどの事があったから?」

「そうなるかな?

 まあ、確かにそうなんだけど。

 それで、そっちが受け入れてくれりゃありがたいんだが」

「さすがにそれはなあ……」

 ゴブリンも言葉につまる。

「俺だけで勝手に決めるわけにはいかん」

「だろうな」

 現場での判断で決めてよい事ではない。

 ユキヒコの処遇は更に上層部にはからねばならないという事だろう。



「まあ、とりあえず土産としてこいつを提供するって事で。

 それで話を進めてくれるといいんだが」

「この女でか?」

「ああ、もちろん」

 ユキヒコはあっさりと頷く。

「あとは、殺したやつらの首だな。

 少しは功績になればいいけど」

「それは…………なんとも」

 答えにくいことだった。



 確かに敵の首級は手柄になる。

 しかし、それは自軍のものがとってきたときだ。

 裏切りの持参品として扱えるかどうかは分からない。

 ただ、

「…………女のほうは喜ばれるだろう。

 少なくとも俺たちの間ではな」

 それだけは確かである。

 生け捕りに出来た若い女がいれば、それは下っ端の兵にとって大きな功績となる。

「少なくとも、ウチの若い連中は喜んであんたを受け入れるだろうよ」

「それはありがたい」

 ゴブリンとしては冗談として言ってるだけである。

 それはユキヒコにも分かってる。

 それだけではどうにもならないだろうと。



「なんにしても、もう少し信用が必要ってことか」

「そうなるな」

 つまりはそこに行き着く。

 裏切ってきた者がどれだけ信用できるのか。

 それが一番の問題だ。



「だが、まあ。

 そこも何とかなるかもしれん」

「ほう?」

「あんたは、襲おうと思えば俺たちを襲って倒すことが出来るはずだ。

 でも、それをしなかった」

「そりゃまあ、これから仲間にしてもらおうって考えてるからな」

「それでもだ。

 俺たちを殺して手柄にする事も出来ただろう。

 それをしないで、こうして話をしてるだけでも信用する価値はあるかもしれん。

 そう思いたい」

「ありがたいな」

 ユキヒコとしては、それだけでも十分だった。

 何の信用もないのに、少しは信じてくれるというのだから。



「となれば、やっぱりもう少し頑張らないとだめだな」

「ああ、正直これだけでは足りないだろう」

 寝返りの手土産というなら、もっと首級が欲しいという事だ。

「だったら、少しは役にたてるかもしれない。

 こっち側の内部情報を少しだけは提供できる」

「少しだけか?」

「何せ下っ端だったからな」

 そういって苦笑い。



 義勇兵としてユキヒコはそれなりの活動をしてきた。

 活躍も多少はした。

 しかし、一般的な庶民平民の出世は難しい。

 どうしても到達できる地位には限界があった。

「だから、重要な情報はさすがに提供できない。

 でも、俺が知ってることは全部提供する」

「そりゃあ、ありがたいが」

 だがそれだけでもさすがに、というところだ。

 ユキヒコはそこに非道な提案を繰り返してくる。



「そこで、これも追加ってことで」

 縛り上げた女義勇兵。

 それを当面の土産にして、どうにか取り入ろうとする。

「……いいのか、本当に」

 ゴブリンもさすがに呆れ顔だ。

 だが、ユキヒコはめげない。

 薄く笑いながら、酷薄に見える表情でうなづく。

「好きにしてくれ。

 俺には関係ない」

「わかった」

 その言葉を聞いて、ゴブリンはうなづいた。

 控えてる配下と思しき二匹が嬉しそうな表情をする。



 ただ一人。

 それを聞いてる縛りあげられた女義勇兵が盛大に泣き出す。

 しかし、ふさがれた口からもれてくるのは、くぐもった悲鳴だけ。

 それが状況を好転させることは、決してなかった。



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