190回 対勇者戦 8
攻撃を仕掛けると言っても、相手に打撃を加える事だけを指すのではない。
その為の下準備も含めた一連の行動を指す場合もある。
より強力な一撃を加える為に。
速攻が必要な場合はともかく、まずは自分達の能力強化。
そして有利な状況作り。
これが重要な場合もある。
タダトキ達の行動はこれを作るものだった。
自分達の能力強化。
また、場所にかける奇跡を使った、有利な空間作り。
これらにより自分達を有利に、その分敵に不利な状態を作り出していく。
女神イエルの加護を特定の空間に張り巡らせる、聖域化の奇跡。
これによりイエルの崇拝者の能力を底上げする。
また、敵対する者に負荷をかけ、様々な行動を阻害する。
傷すらも少しずつ回復し、疲労も徐々にではあるが消散していく。
比較的長時間にわたって効果があり、その範囲も広い。
その分効果そのものはさほど大きくは無く、数値にすれば誤差と言える程度ではある。
意見は分かれるが、おおむねそれは数パーセント程度と言われる。
短期的にはそれほど大きな効果があるとは言えない。
しかし、長時間にわたる活動や戦闘になれば、この数パーセントが大きな意味を持つようになる。
能力を底上げする奇跡も用いていく。
単純な運動能力向上だけではなく、精神的な影響を受けにくくなるもの。
感覚が鋭くなり、鋭敏に周囲の様子を察知出来るようになるもの。
相手の考えが読めるようになるもの。
周囲の状況をレーダーのように把握し、何がどこにあるのかを知る事が出来るようになるもの。
周囲の者達と意志の疎通をはかり、無線のように意志を伝えあう事が出来るようになるもの。
姿を隠し、相手に気取られる事無く行動出来るようになるもの。
様々な奇跡が使われ、タダトキ達の能力を底上げしていく。
何より最も重視されたのがタダトキの用いるもの。
士気の向上と、勝つための道筋を見つける奇跡。
これらによって状況を打開する方法を見つける事が求められた。
士気の向上はタダトキと聖女達に使うというよりは、周囲にいる者達への作用を期待されている。
これにより正気を取り戻してもらい、適切な行動をとってもらえるように。
また、勝ち筋を見極める事で、この戦闘での勝利を得る方法を発見する。
いずれも状況を覆すのに必要な措置である。
(状況は…………悪くないか)
奇跡を使って現状を把握する。
戦況は悪くない。
むしろ好都合と言ってよい。
敵は確かに強力だと奇跡は伝えてくる。
それでも戦えば負ける事は無い。
多少傷を受ける事はあっても、確実に勝てる。
(なら、一気にいく!)
迷う必要は無い。
畳みかけて一瞬でかたを付ける。
それで全てを終わらせる。
「くらえ!」
最初に放たれたのは、魔術による一撃だった。
女神の奇跡により強化された能力により、もともとの威力が更に強化されている。
更に効果範囲を一人に絞り込むことで、込められた魔力が分散する事もない。
また、目標への誘導能力もある。
絶対命中と言える性能を持つ魔力の塊は、狙い過たずユキヒコに飛んでいった。
その後を追うように二人の聖女が飛び出す。
探索担当のセリナと、戦闘担当のアカリだ。
それぞれ、自分の能力を強化して攻撃を仕掛けていく。
両者の特徴を示すような一撃を。
セリナは身体能力と探知能力を上げて。
それにより一気に間合いをつめ、相手の弱点を狙う。
避ける事は難しく、当たれば致命傷になる位置が攻められる。
食らえば間違いなく死に至る傷を負うことになるだろう。
一撃の威力はそれほどではないセリナだが、このやり方で巨大で強力な敵を倒しもした。
それも相手を見極める探索能力と、探索を難なくこなす身軽さがあってのものだ。
そして、そういった能力を高める女神の奇跡あってこそになる。
アカリも同様に己の能力を女神の奇跡で高めていく。
身体能力に、攻撃力を上げる奇跡。
そして、攻撃を絶対に当てる奇跡。
これらを行使する事で、アカリの一撃は山をも砕くと言われるほどの威力を発揮する。
更に攻撃を防ぐ奇跡を展開し、敵の反撃に備える。
攻防一体となった突進である。
タダトキも同様に奇跡を用いて能力を底上げしている。
全体の指揮をとる必要があるので後ろに控えてるが。
しかし、セリナとアカリの動き次第では攻撃に参加するつもりでいる。
もっとも、出番があるとはとても思えなかった。
相手がどれ程強力なのか分からないが、有利なのはタダトキ達だ。
女神の奇跡で確認した事だ、間違いはない。
それが覆るとは思えなかった。
この時点でタダトキ達は勝利を確信していた。
油断をしてるわけではない。
状況を考えればそうなるだろうと容易く予想出来る。
それ以外の可能性など出て来るわけもない。
勝ちは揺るがないと。
だからこそ、ユキヒコに向かっていった。
わずかばかりの疑念や懸念を抱きつつも。
たった一人でやってきた。
そんな敵を前にして疑問を抱かない程タダトキ達は愚かではない。
何かしらの対策を持ってるのかもしれない。
これが何らかの罠なのかもしれない。
そういう思いもある。
だが、それでも目の前に敵がいて退くわけにもいかなかった。
撤退という手段を放棄するわけではないが、ただ逃げ回るだけというわけにもいかない。
それに、危険だからと避けて通るのは勇者や聖女のやる事ではない。
危険を承知でも飛び込まねばならない時もある。
今がそうだと判断したから、一人だけでやってきてる目の前の敵に立ち向かってるのだ。
そんな彼等の先鋒として、セリナとアカリがユキヒコに襲いかかる。
俊敏な動きによる急所狙い。
絶対命中を約束された剛剣。
それがユキヒコに迫った。
その二人よりも先に、魔術による攻撃が当たる。
それで相手が吹き飛べばよし。
そうでないなら、二人の攻撃が追撃となって襲っていく。
必勝という程では無いが、ほぼ確実に相手を殲滅する可能性が高い。
(もらった……!)
静かにタダトキは勝利を確信する。
他の聖女達も。
その瞬間、二人は吹き飛ばされていった。




