189回 対勇者戦 7
「こんにちは」
ごく普通の挨拶。
この場においてそれは、とてつもなく異様なものになっていた。
洗脳された大勢の人々。
無言で集まる群衆。
そんな者達に囲まれて発する言葉ではない。
少なくともタダトキとシグレ達はそう思った。
とはいえ、戸惑いつつも警戒は怠らない。
この状況で異様な態度を取る者が相手だ。
用心をしてしすぎる事は無い。
「何者だ?」
誰何の声をタダトキがあげる。
まともに答えてくれるとは思わない。
それでも、多少の牽制の意味を込めて発する。
問われたユキヒコは、返事もせずに力を放つ。
念動力による衝撃。
それが勇者達を襲う。
だが、それは勇者達に届くことなく消散していく。
シグレが事前に使っていた奇跡による。
『保護の加護』
文字通り、攻撃などから身を守る加護である。
事前に施しておく事で、傷を負うような何かから体を守る。
戦闘に限らず、日常的な事故などからも身を守れるので、以外と汎用性は高い。
ただ、かすり傷程度でも効果の対象になってしまう。
そして、効果を発揮するのは一度だけ。
なので、どうでもいい事で効能を失う可能性も高い。
使いどころが難しい奇跡であった。
念のために用いていたおかげで奇襲を防ぐ事が出来たのは確かだ。
しかし、貴重な奇跡を消費してしまったのも間違いない。
これが吉と出るか凶と出るか。
この瞬間において、それはまだ定かではない。
ともあれ、襲ってきたユキヒコへの警戒は高まった。
少なくとも味方でないのはタダトキ達も確信した。
友好的とは決して言えない態度。
攻撃を仕掛けてくる明確な意図。
それを前にして悠長に問答をしてるわけにはいかない。
少しでも早く相手を倒さねばならない。
長引けば周りに被害が出る。
それに、相手が何かを仕掛けてくるかもしれない。
そうならないように、一瞬で勝負を決める。
そのつもりでタダトキはユキヒコに襲いかかっていった。
タダトキと聖女達の動きは早かった。
何年間も戦場を駆け巡ってきただけの事はある。
相手が敵だと判断して行動に移すにあたり躊躇いがない。
下手な躊躇が命とりになると分かっているからだ。
それは、敵に対しての容赦になさになってあらわれる。
長年の訓練と経験によって高められた技術。
研鑽を積み重ねた魔術。
それらを更に強化する奇跡。
これらが一斉にユキヒコに襲いかかっていった。




