184回 対勇者戦 2
「なんだ一体?」
響き渡る鐘の音を聞いて不審に思う勇者と聖女達。
時刻を告げるものでも緊急事態を告げるものでもない。
それらとは明らかに違う音を連ねる鐘。
「何が起こってるんだ?」
そんな不安が起こっていく。
それでも馬車に乗って領主の所へと向かう。
異常な状況であるが、だからこそ領主と面会して対応を決めねばならない。
それが分かってるのか馬車はそのまま領主の城へと向かう。
(いや……)
そうではないとすぐに気付く。
いつもと違う事が起こってるのだ。
取り乱さないにしても、多少の動揺はあってもよい。
突然の事なのだから、周囲を見渡すくらいの事はしても良いだろう。
何かしら声をかけてきたってよいだろう。
御者ならば、このまま領主のもとに向かっても良いのかと。
司祭ならば、このまま領主の所へ向かえと指示を出しても。
しかし、そういった慌てた素振りがない。
両者とも平然としたままでいる。
鐘が鳴り出した時には顔を上げはしたが。
すぐに何事もなかったかのように元の体勢に戻っていった。
それはそれで異常だ。
(もしや……)
そう思ってタダトキは、勇者に与えられた加護を使う。
危険感知の奇跡。
周辺に存在する危険を感知するものだ。
どういった種類のもので、どの程度の規模なのかまでは分からない。
ただ、危害を加えるような何かがあれば即座に検出出来る。
それを使って周囲の状況を探る。
(…………異常は無いか)
幸いにも検出結果に問題は無い。
感知出来る範囲に危険な物体や存在はない。
少なくとも、直接的な害意を持つ者は存在しない。
しかし、それだけで問題なしと判断するつもりはない。
「セリナ」
探索担当の聖女に声をかける。
「周囲の様子を探ってくれ。
何があるのか、何が起こってるのか。
調べられるだけ全部だ」
「もうやってる」
セリナと呼ばれた聖女は言われる前にやるべき事をやっていた。
「周りの人達全員、状態異常になってる」
背筋がゾワリとした。
状態異常とは病気や怪我など、健康とは言えない状態全てをあらわす。
なので、ある程度の比率でそういった者が出て来るのはおかしな事では無い。
しかし、周囲全てがそうだとなると明らかにおかしい。
また、全員というのが問題だった。
それはつまり、
「この司祭と御者も!」
「下りるぞ!」
セリナが言うや否や、タダトキは馬車の扉を開けた。
そこから全員が飛び降りていく。
走ってる馬車はそれなりの速度がある。
飛び出すのは危険であるが、それでも躊躇う事は無い。
これより危険な状況をもくぐり抜けてきた者達だ。
この程度の事ならば問題無くやってのける。
何より、今の状況では馬車に留まり続ける方が危険に思えた。
馬車から飛び降りたタダトキ達は、難なく着地をしていく。
高い能力を持ってるのが分かる。
このあたり、歴戦の勇者と聖女らしいと言えるだろう。
単に女神イエルから力を与えられてるだけではない。
素の能力もかなりのものだ。
そんな彼等を置いて、馬車は走っていく。
飛び降りたタダトキ達を意に介す事もなく。
「どうなってんだ……」
明らかな異常事態にタダトキも警戒心を抱いていく。
取り乱してはいないが、何が起こっても良いように気構えをしていく。
そして、セリナに先ほど聞けなかった事を聞いていく。
「それで、おかしな所は他に何がある?」
とりあえず聞けたのは、周囲の者達が状態異常にある事。
しかし、探知結果がそれだけとは限らない。
他にも何か異常事態があるかもしれない。
そこをはっきりとさせておかねばならない。
「分かってるのはそれだけ」
幸いにも、セリナの返事はそれ以上の不穏を感じさせるものではない。
「たぶん、魔術や邪神の加護みたいなものはかかってないはず」
「そうか…………」
他に何もないと聞いて、幾分安心する。
これ以上何かがあったらたまらない。
しかし、
「いや、ちょっと待て」
それが逆におかしい事だった。
「魔術や邪神の力は働いてない?」
「うん、そうなんだよ」
セリナの声が強ばっていく。
それは他の聖女達の表情も同じだった。
「何もないんだよ、これだけの事をした原因が何も」
焦ったようなセリナの声が響く。
探知出来る範囲の全員が状態異常である。
それを引き起こした原因が分からない。
これほどおかしな事は無い。
探知関連の加護の中には、魔術や邪神の力が働いた痕跡を辿るものもある。
なのにこれらの奇跡を使っても何も反応がなかった。
これだけの事態が起こっていながら。
明らかにおかしい。
その事に気付いたからタダトキ達はゾッとした。
おかしい、連休が終わりに近づいている




