183回 対勇者戦
「無事だといいが」
不安を滲ませながら勇者タダトキは呟く。
魔族による後方襲撃を知ってから、それを阻止すべく来た道を戻っていった。
しかし、敵を遮るつもりが全くそれも出来ず。
辿り着いた町や村の全てが被害にあっていた。
若い女は姿を消し、残った者達は例外なく手足を潰されていた。
それを防ぐ事が出来なかったのが、タダトキの悔恨になっていた。
人々を守るべき勇者が何たることかと。
そう思いつつ県都まで戻ってきてしまった。
「ここも無事だといいが」
そう思いながら県都を見つめる。
この近隣では最大の都市。
人口数万を抱えるそこの住民が無事でいてくれと頼む。
また、出来る事ならここで敵の進撃を止めたいとも。
「みんな、行くぞ」
後ろにいる聖女達に声をかける。
「はい」
「もちろん」
「分かってるよ」
返事を聞いてタダトキは県都の門へと向かう。
「勇者タダトキだ。
門を開けてくれ!」
声を張り上げる。
その声が聞こえたのか、門が開かれていく。
「良かった……」
それを見て安心した。
声が届き、門が開くという事は、中はまだ無事だと。
もし陥落していたならば、こうはならなかっただろう。
だが、気を抜くわけにはいかない。
「急いで教会に戻るぞ」
そして外で起こった事を伝えねばならない。
今後の対策を練る為に。
タダトキ達は開いた門をくぐり、急ぎ教会へと向かっていった。
県都の中はいつも通りだった。
通り過ぎていく人々に変化はなく、すれ違う度に頭を下げられていく。
勇者と聖女への礼。
無言で為されるそれを、タダトキと聖女達は受けていく。
声をかけてこないのは、返事をさせないようにする為の配慮だ。
数多くの人々からの声に返事をしていては大変な事になる。
そんな手間をかけさせない為に、無言の礼が通例となっていた。
いつも通りがそこにある。
それらを受けながら教会に向かっていった。
「おお、帰ったか」
タダトキ達が帰還した教会で、司祭が迎える。
「事情は既に知っている。
思った以上に魔族が侵入してるようだな」
「はい、その通りです」
頷くタダトキ。
さすがにこの時ばかりは苦悶に顔が歪む。
「……我々の力が及ばず」
その通りだった。
魔族の動きは素早く、その姿をとらえる事も出来なかった。
おかげで被害を抑える事は出来ず、敵の蹂躙を許してしまっている。
そんなタダトキに、
「気にする事は無い。
神ならぬ身である我ら、出来る事には限界がある」
司祭がそう言って慰める。
その通りであろう。
奇跡を授かってるとはいえ、タダトキ達は人間である。
出来る事に限りがあるのは当然だった。
だが、それを素直に受け取れる訳もない。
「しかし、我らは…………」
勇者であり聖女である。
こんな時にどうにかするのが仕事である。
にも関わらず、状況を改善する事も出来ずにいた。
悔しくて仕方がない。
「それも過ぎた事」
司祭はそれでも慰めの言葉をかけていく。
「今は目の前の問題に対処しよう。
これ以上被害が拡大しないように」
「もちろんです」
「ならば行こう。
領主殿も待ってる」
各地から集まってくる報告を受けてるのは領主も同じ。
その為の対策を施すべく動いてる。
その為の会議が行われている最中でもある。
タダトキもそこに加わってもらいたいのだ。
「もちろんです」
拒否する理由は無い。
早速タダトキは司祭達と共に城へと向かっていった。
「来た来た」
タダトキ達が用意していた馬車に乗り込んでいく。
領主の居城の上で見ていたユキヒコは、仕掛けを発動させていく。
「始めるぞ」
呟きながらテレパシーで指示を出す。
町全体に響く鐘を鳴らす者に。
指示を受けた者は、疑うことなく自然に体を動かし、町全体に音を鳴り響かせていく。
最初の鐘の音に続き、他の鐘楼も巨大な音を響かせていく。
町全体に響き渡るそれは、当然ながらあらゆる者達の耳に届く。
たまたま地下などにいた者達には届かなかったが、そうした者達も鐘の音を聞いた者達が呼び出していく。
そうしてあらゆる者達がほぼ例外なく音に包まれていった。
それが引き金である。
領主の居城から発せられ、県都の至る所にある鐘楼に拡散する鐘の音。
町の者達に仕掛けられた洗脳は、それによって発動していく。
されてる本人はそうと全く自覚出来ないままに、人々は自発的な意志を失っていく。
そして自らそうしてると思い込みながら屋外へと出ていった。




