180回 残された者の行方 5
話し合いというより確認作業。
そう呼んだ方がしっくりくる会話が進む。
その中でユキヒコは、知りうる全ての情報を提供していった。
また、必要に応じて自分の見解も述べていった。
あくまで個人の意見として、自分がどう考えるのかを。
そういう方向に引き込みたいという意図もあるにはある。
だが、何かの参考になればという思いもあった。
それを踏まえて夫である男は様々な事を問いかけ、考えていく。
これには行商人としての経験が大きく影響を与えていた。
様々な者達との商いをこなさねばならない仕事だ。
その場の思いつきも大事だが、様々な情報を引き出しての熟慮も求められる。
少しでも有利な条件を引き出す為の交渉は必要不可欠だ。
会話によって情報を引き出していく。
数少ない情報から様々な可能性を引き出す。
そうしていきながら、相手の意図を読み取り、手の内を読んでいく。
そういった能力を夫は培っていた。
そうした相手だけに、ユキヒコも正直に相手にしていった。
隠し事は無し、知りうる全てを提供する。
少なくとも誠実にあたろうとはしていた。
下手に隠し事をすれば、その分だけ不利になる。
相手からの信を失う。
それはこの場において最も避けねばならない事だった。
相手をその場限りで利用するというならともかく。
そんな扱いをするつもりはなかった。
相手の境遇への同情もある。
自分と似たような立場だから、出来るだけ誠実さを心がけたかった。
隠し事。
これは嘘を吐くのと同等か、それ以上の問題である。
真実を覆い隠すという意味では嘘と同じ意味になる。
また、何より質が悪いのは、でっち上げをしてない事にある。
その為に嘘を吐く時に出る挙動不審さがない。
露見しにくく、その分対応が遅れる。
また、知らない事によって生じる誤解も起こる。
足りない部分を足りないと認識する事もなく推測をしてしまう。
間違った方向に誘導されやすくなる。
そういった事にならないように、知りうる全てを提供していった。
そうでなければ正確な判断が出来なくなる。
それだけは避けたかった。
それと同時に、ユキヒコ自身の考えも出していった。
同じような境遇で自分はどう感じたか。
どういう考えをしてるのか。
同じような境遇でなければ分からない事を口にしていった。
社会の常識や女神イエルの教えなどへの見解も。
世の常識に照らし合わせれば、ユキヒコがやってる事の方が異常なのだ。
他の人間が知れば、それに反発するだろう。
しかし、それはあくまでその他大勢の考えだ。
それらとは違う立場におかれたユキヒコ達の考えではない。
自分と違った者達の考えは参考にならない。
少なくとも、同じような境遇の人間の意見ではない。
立場が異なる者達の意見は参考にしようがない。
同じ立場の者がどう考えてるのか。
それがまずは必要だ。
特にユキヒコ達はこの世界では例外と言えるほどの少数派だ。
同じ考えの者の意見を聞くことはほとんどない。
そういった者の考えも知っておくべきではあるだろう。
でなければ、様々な方向からの視点など持ちようがない。
話し合いは意外と長く、それでも思ったよりは短いものになった。
二時間ほどのやりとりの中で、夫であった男は悩み迷い考えていった。
その上で結論を出していく。
それが最善最良なのかは分からない。
だが、少なくとも彼が望んだものにはなった。
それをユキヒコは尊重しようと思った。




