179回 残された者の行方 4
「勇者を倒すと言いますけど。
それで俺にどうしろと言うんですか」
「まあ、それもそうなんだけどさ」
疑問ももっともである。
勇者を倒す事と自分にどう関係があるのかと。
「とりあえず倒す事にあんたが関係する事は無い」
それはそうだろう。
一回の行商人が勇者や聖女にかなうわけがない。
「聞きたいのは、倒した後だ」
「…………?」
「殺してもいいんだよな?」
言われて夫は顔を強ばらせた。
確認したいのはその部分だった。
勇者と聖女との対決は避けられない。
そうなれば、どちらかが確実に倒れる。
それがどちらになるかはまだ分からない。
だが、ユキヒコが勝って勇者と聖女を倒す可能性はある。
そうなった時にどうするのか。
ユキヒコが確かめたかったのはそこである。
「殺さずにあんたの所に女房を連れて来た方がいいか?
それとも、こっちで処分した方がいいか?」
「それは…………」
言われて夫は現実を突きつけられた。
今の今まで女房を追いかけてきた。
どうにかしようと思っていた。
しかし、現実にそれはもうどうにもならない事に思えてもいた。
思いが消えたわけではないが、どこかで諦めてもいた。
だから、無意識に考えずにいた事を考えさせられる。
「あんたはどうしたいんだ?」
ユキヒコのこの言葉が、夫が考えずにいた事を浮き彫りにさせる。
無理だと思っていた女房の奪還。
無理だと思っていたから考えなかった、奪還後の事。
その事について考えていく。
自分はどうしたいのかと。
(それは…………)
そこまで来て、夫は向き合う事になる。
現実と、自分の気持ちに。
ありえないと思っていた可能性が実現した場合について。
勇者が倒れて、女房が聖女から解放された時の事を。
そうなった時に、自分はどうすればいいのかを。
既に他の男と交わり、子供まで産んでる女。
それをどうしたいのかと。
(どうしたいんだ…………)
あらためて考えていく。
自分はそうなったらどうしたいのかを。
「早く決めてくれ」
思考に沈んでいきそうになる夫にユキヒコは声をかける。
「じっくり考えてる時間は無いからな」
急かしたくはないが、時間は限られている。
勇者と聖女はユキヒコのいる県都に向かって来てる。
その到着までしか時間がない。
それまでの間にやっておくべき事もある。
そうそう時間はかけてられない。
「決められなくても、あいつらは倒すけど」
それは決して覆らない。
逆にユキヒコが倒されるかもしれないが、それについては今はどうでもいい。
それよりも、聖女の処遇をどうするかが重要だ。
「あんたはどうしたいんだ?」
あらためて尋ねる。
どうしたいのか。
「一応、そうなった時にどうするのかも教えておくぞ」
沈黙して思考にふける夫に説明を続ける。
捕らえた者がどうなるのかを。
それを聞きながら、夫は様々な事を考えていく。
同時に、心に浮かんできた様々な感情と向かいあう。
その上で、自分が何をしたいのか、どうしたいのかをはっきりさせていく。
「…………とまあ、こんなところだ」
説明を粗方終えたユキヒコは、夫である男の答えを待つ。
聞き終えた男の方はすぐには答えない。
まだ考えがまとまらないのだろう。
だが、いつまでも黙ったままというわけでもない。
「それなら…………」
数分ほどして口を開き、ユキヒコに声をかけていく。
「もう少し話を聞かせてください」
「つまり?」
「まだ、結論は出せませんから」
そう言って話の続きを求めた。
そこには、迷いはまだある。
だが、混乱したままというわけではない。
もっとも妥当な結論を求め始めた意志がある。
「分かった」
ユキヒコとしても望むところである。
「何が聞きたい」
必要な情報は全部提供する。
判断材料は絶対に必要になる。
それを余すことなく伝えた上で、結論を出してもらう。
そのつもりでユキヒコは、提供出来る全ての情報を出していった。
連休が始まってますなあ。
この機会に続きを書き上げていければいいのだが。




