175回 勇者タダトキと聖女シグレ 4
女神イエルの選抜は、対象の状態や状況を省みない。
何が基準であるのか分からないが、その者に適性があると見れば任命する。
対象の意志や思慮を全く考慮することなく。
婚姻関係だって無視されていく。
かつてこういった事は何度かあった。
既に結婚した者が選ばれる事も。
それでも選ばれた者は勇者や聖女とならねばならない。
なって求められた役割を、与えられた力で遂行していかねばならない。
女神が求めているのだから。
そうしなければならない時勢でもある。
迫る魔族に対して、対抗する手段が必要だ。
その役目を担う為にも、勇者と聖女という存在は欠かせないものだった。
絶大な力を持ってるのだから。
それを可能とする女神の奇跡を与えられている。
それなのに役目を放棄するわけにはいかなかった。
そんなわけでタダトキとシグレは共に魔族に立ち向かっていった。
シグレは夫と引き離された事を嘆きながら。
タダトキはそんなシグレをいたわり、慰めながら。
そうやって積み重ねる日々が二人の距離を近づけていった。
最初に信頼出来る仲間に。
それから触れあう機会が増えていった。
それまでの勇者と聖女がそうであったように。
やがて同じベッドで寝起きをするようになった。
シグレの夫の存在は、依然として大きなものがあった。
しかし、女神イエルの使命を果たすためと割り切っていった。
求められた役割を果たすことが、彼の居場所を守る事になると。
何より、女神イエルがこうなる事を求めてるのである。
女神の名の下になされた婚姻も、女神の使命があるならそれを優先するだろうと考えた。
でなければ婚姻を為した者に使命を与えるわけがないと。
そうして新たな生活を始めた二人は、その中を親密なものにしていった。
やがて子供も生まれ、和やかな日々を培っていった。
他の勇者や聖女達がそうであるように。
そうしていかねば、厳しい戦場を駆け巡る事が難しかったからである。
例え巨大な力を与えられていても、襲いかかる敵に向かっていくのは難しい。
力があっても気持ちが萎えるのだ。
それを支えるのは、気心の知れた相手である。
今も得体の知れない敵を前に、タダトキとシグレは不安を感じている。
それは同行する他の聖女も同じだ。
今までとは違う敵の動き。
それがもたらす損害。
どうしたって気持ちが揺らぐ。
それでも立ち向かっていこうと思えるのは、親密な者達と共にいるからだ。
「早く帰らないとな」
「ええ」
家で待ってるであろう子供達の事を思い出しながら、タダトキとシグレは進む。
それもまた守るべきものであり、心の支えである。
そして、それがあるからこそ思うのだ。
勇者と聖女が共にあるのは、子をなすためでもあるのだろうと。
それは間違いなく大きな支えになる。
だから勇者は男で、側で支える聖女は女が選ばれるのではないかと。
女神イエルからの解答はないが、そんな事も彼等の間ではうそぶかれていた。
「早く倒さないとな」
敵を倒す。
そうして問題を取り除く。
帰るべき場所に帰る為に。
「早く追いつくといいけど」
「そうだな」
シグレの言葉に頷きながら足を進める。
この異様な状況を止める為にも、これを為してるであろう者を倒さねばならない。
その為には進んで行くしかない。
「頼むぞ」
「何を?」
「色々だ」
戦闘においても。
そして、それが終わってから戻る日常においても。
様々な意味において頼みとしている。
その事をあらためて感じながら、タダトキは敵へと向かっていった。




