161回 手当たり次第に
魔族の行動は早かった。
動ける者達は即座に動いていく。
それこそ準備の終わった者達から。
当然ながらユキヒコ達と共に行動していた者達から先に動いていく。
新たにやってきた者達の動きは、それに比べれば鈍い。
どうしてもユキヒコを信じ切れないからだ。
こればかりはしょうがない。
それでもいくつかの部隊は、邪神官達の提案に従って動いていく。
やる事は決して無謀なものではなかったからだ。
実際、ユキヒコの手引きによる襲撃は、かなり簡単に行う事が出来た。
近くにある村や町はほとんどがもぬけの殻。
残っていた物資を簡単に手に入れる事が出来た。
遠出が必要な所もさほど問題は無い。
テレパシーによりユキヒコが目的地までの道筋を教えてくるからだ。
頭の中に映像付きで直接もたらされる情報は、進軍をかなり容易にした。
そうやって到達した村や町を襲う事で、様々な戦利品を得る事が出来た。
出撃を渋っていた者達も、それを見て考えを変えていく。
次々にもたらされる様々な物資。
そして女。
それを見て欲望に忠実な者達が動き出す。
多少理性的な者達も、周りの雰囲気や下からの突き上げで腰を上げていく。
その為、守備に残る者達以外の大半が遠征に繰り出していった。
それでも、次の侵攻地域であった隣接領において、人の被害はそれほど大きくはならなかった。
早々に市街に領民を避難させていたからだ。
さすがに魔族も、守りの堅い市街まで押し入りはしない。
そこまでやるには兵力が足りないのだ。
いくら何でもそんな所に攻め入るほど馬鹿ではない。
遠巻きに監視をして動きは見るが、それ以上の事はしない。
その代わり、ほぼ無人地帯である領地を抜けて更に奥まで攻め入る事になった。
そちらの方は悲惨な事になった。
前線方面の領地において起こった悲惨な出来事は伝わっている。
それについての警戒についても促されていた。
それに応じて、避難などの勧告はなされていた。
しかし、これは勧告で留まっていた。
まさかそんなに早く侵攻はしないだろうと考えていたからだ。
危機感がない、と非難する事は出来ない。
実際、そこまで早い進軍など滅多にないのだ。
避難勧告を出すだけでも、かなり急いだ決断と言える程だ。
戦時下であるとはいえ、前線から離れればそんなものである。
何せ、普段の生活がある。
生活をするためにやらねばならない仕事がある。
避難をするとなると、それらを手放さねばならない。
そうなれば日々の糧を得る事が出来なくなる。
よほど切迫してるわけでもなければ、人は目の前の生活を選ぶ。
領主にしても、避難をさせるのに躊躇う理由がある。
避難をさせれば、その分だけ実入りが減る。
年貢をはじめとした税収は著しく落ちる。
それなのに、備蓄は放出せねばならない。
避難させた者達を最低限食わせていかねばならないからだ。
その負担を考えると、強制的な避難を決断するのは難しいものがあった。
それでも最前線に近い地域であるから危機感はある。
魔族が進撃してくる事は常に考えてはいる。
しかし、実際に魔族との戦闘があったわけではない。
隣の領地やその向こうの領地に魔族が出た、という話を聞く程度だ。
話には聞くが実際に出会った事が無い────そんな状態が続いていた。
そうしているとだんだんと慢心というか油断が生じてくる。
『なんだかんだ言っても、今度も大丈夫だろう』と。
今までが大丈夫だったから、今度もまた同じだろうと。
そんな保障がないのに、人はこれまでの続きが今度も起こると想定する。
だいたいにおいて、こういった想定は間違ってはいない。
多くの場合、過去と同じ事が繰り返されるからだ。
過去や前例にならうというのは、だからそれ程間違ってるわけではない。
むしろ、今まで通りのやり方を踏襲した方が問題がない。
その方が正解という場合がほとんどだ。
ただ、今回はそうではなかったというだけである。
その事が被害を増大させていく事になった。




