160回 勇者と聖女、その対策 8
『そういう事ならそうしよう』
邪神官もそれには納得する。
そもそも、そう手の込んだ事ではない。
また、損失や損害を減らす為にもやらねばならない事である。
反対する理由はなかった。
『だが、ゴブリンなどの中には、居残って馬鹿をやるのも出て来るかもしれんぞ』
このあたりはどうしても徹底しにくい部分だった。
ゴブリンが特にそうなのだが、他の種族にも目先の楽しみに目を奪われる者はいる。
そういった連中にまで撤退を促す事は難しい。
『それはどうする?』
『そういうのは切り捨てるしかないだろ』
それはユキヒコにもどうしようもない事だった。
『そういう連中は放っておいて、逃げ出せるのだけで逃げ出してくれ。
残るっていうなら、それはそれまでだ』
『戦力が減るが』
『そういう奴らなら減らした方がいい。
どうせ戦力になってないだろうし』
そういってユキヒコは肩をすくめる(ような気配が邪神官達にも伝わった)。
『篩い落とすつもりでやるしかない』
このあたりはゴブリン相手にやってきた事でもある。
指示に従わない、勝手な事ばかりする、そのくせ成果をあげるわけでもない。
むしろ、こういう連中のせいで余計な損害が出て来る可能性がある。
『そういう連中を見つけてそぎ落とす機会だと思おう。
指示に従わない連中はそのまま残していけば、自然とそうなる』
そうしてまともな人材が残る。
その方が軍勢としてはありがたい。
集団としての能力が高まっていく。
その結果については邪神官達も既に体験として知っている。
同じようにして選別されたゴブリン達によって。
使い物にならなかったゴブリン達が、多少は作戦行動がとれるようになっていた。
おかげで、その後の作戦展開が楽になった。
それ以前とは比べものにならない程に。
『それに、そこまで使えない奴はそんなに多くはない。
それが消えても、戦力そのものはそう変わらないさ』
それもまた事実である。
ゴブリンの時もそうだったが、どうしても駄目な奴らは全体からすれば少数である。
それらを切り捨てる事で、残った者達の質は上がった。
言い換えれば、少数の屑によって他のまともな連中が大きく足を引っ張られていたと言える。
それが無くなる方が、集団にとってはよっぽど良い結果になる。
『それにだ』
『なんだ?』
『残った連中を相手に勇者共が奇跡を使ってくれればありがたい』
これはさすがにそうは期待出来ない事である。
だが、やってくれるならそうしてもらった方がありがたい。
相手の手数を確実に減らす事が出来る。
『味方の足を引っ張ってきた連中だ。
最後に少しくらいは貢献してもらわないと』
冷徹な考えである。
だが、悪い事ではない。
これまで継続的に足を引っ張ってきたのだ。
それくらいはしてもらわなければ割に合わない。
『問題を起こしてた連中には、命がけで償いをしてもらおう』
それを否定する理由を邪神官達は持ち合わせていなかった。
ユキヒコの提案の多くはほとんどそのまま採用されていく。
問題が全くないわけではなかったが、それらは多少の是正でどうにかなる事だった。
必要な修正は邪神官達の方でやっていく事になる。
『出来るだけ急いでほしい』
勇者と聖女も前線に向かってる。
それに間に合うように行動を開始してもらいたかった。
『もちろんそうする。
悪党共の相手は無理だからな』
悪党と勇者達を呼び、邪神官は了承した。
『ただ、ゴブリン達に先に話を通すのはやめてもらいたいが』
『ああ、それは無理だ』
『…………』
『あいつらを使い捨てにされちゃかなわねえ。
かなり出来るようになってきてるからな』
何より、命を簡単にすり潰して欲しくはなかった。
味方の足を引っ張るような連中はともかく。
『あんたらはもうそんな事しないだろうけど。
新しく来た連中はやりかねないからな』
『それはまあ、そうだが』
そう言われたら邪神官もそれ以上言えなかった。
こうして魔族は行動を開始していく。
ユキヒコが望んだ形で。
そうなるように受け入れやすい提案をしたからでもある。
比較的簡単にできるからこそ受け入れやすい。
逆に言えば、断り難い。
そうなるようにしたのも、ユキヒコの狙いの一つであった。
もっとも、ユキヒコもその分働く事にはなる。
さすがに何もしないで終わりというわけにはいかない。
策を練るだけではない。
目的や目標を達成するために、ユキヒコもやれる事をやらねばならない。
でなければ邪神官達も納得しなかっただろう。
(……しょうがないか)
やらねばならないのは分かるが、それでも面倒ではあった。




