150回 勇者、立つ 5
「まあ、何もしないでいるよりはいい」
タダトキはそういって勇者であるが故の不自由さを振り払う。
「こうして使命が来たんだ。
あとは出来るだけ早く行動するだけだ」
「その通りですね」
「準備の方も出来てるんだろ?」
気持ちを切り替えていく聖女達が出発について聞いてくる。
通常、要請が来た時点で出発の準備はととのってるものだ。
これも今更聞くまでもない事である。
「もちろん。
あとは俺達が行くだけだ」
「なら、早く行かないと」
そう言ってシグレが微笑む。
「待ってる人達の為に」
「ああ、そうだな」
頷いてタダトキは自分の妻でもある聖女達を見渡す。
「じゃあ、行くか」
「はい」
四人の返事は一つに重なった。
「しかし、子供達を置いていく事になるな」
待機してる馬車に向かいながら、一つだけ気がかりな事を口にする。
「しょうがないとはいえ……」
「これも勇者と聖女であるから仕方ないです」
隣に立って歩くシグレが慰める。
そんな彼女も自分の生んだ子供を置いていく事を気にしてはいる。
表情はどうしても硬く暗いものになってしまう。
現在8歳と6歳の子供は、さすがに親にべったりする時期というわけではない。
しかし、置いていかねばならない事は心苦しい。
仕事でやむをえないとはいえ。
幸い、子供二人は父と母のなすべき事を既にわきまえている。
幼い頃のように泣きじゃくるという事はない。
ないからこそ、自分の気持ちを押し殺さねばならないのが不憫であった。
「なるべく早く帰ってこないとな」
「そうですね」
それはシグレとの間の子供のためだけではない。
四人の聖女達との間にいる子供達全ての為である。
中にはまだ本当に幼い、それこそ一歳や二歳の子供もいるのだ。
世話役の者達はいるが、彼等に全てを押しつけるわけにはいかない。
出来るだけ早く帰ってきて、子供達に接する必要がある。
「難儀なものだな」
「そうですね」
勇者・聖女として世の中を救わねばならない。
しかし、そんな自分達が我が子の安寧すらおぼつかない。
その事に無念をおぼえてしまう。
こんな状況を解消するために、やる事は一つ。
「少しでも早く魔族を倒すしかないか」
根本的な原因を解消するまで、こんな事が続く。
ならば、それらを撃滅するしかない。
思いを新たにして、タダトキとシグレ達は問題が起こってる地域へと向かっていく。
そんな勇者と聖女の出陣を、多くの者達が見送る。
歓声、声援。
応援と期待。
様々なものが出発する勇者と聖女にかけられていく。
それらを受けて勇者と聖女の五人は手をふり笑顔を返していく。
こうして自分達を信じ頼る者達に応えようと。
そうやって自分達に力を与えてくれる者達への感謝を抱きながら。
そんな勇者と聖女達をしらけた目で見る者がいた。
通りを進む勇者や聖女を見守る観衆達の、その後ろから。
控えめに見る彼の瞳には、強く大きな憎悪が確かに宿っていた。
そんな彼は見送られる者達が姿を消す前に、その場から立ち去っていった。




