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141回 祈祷と死霊術

 邪神官の祈りによって進んでいく儀式。

 その祈りが最高潮に到達した瞬間に変化があらわれた。

 祭壇の上に放り出された司祭がしなびはじめた。

 腫れ上がっていた体から水気が失われていく。

 中身が吸い取られるかのようにやせて枯れていく。

「あ…………が…………」

 悲鳴もかすれたものになり、声にならない。

 かさついた器官がまともに動かなくなっていってるのだ。

 生きながら乾燥していく事で。



 体の7割は水分で出来てるという。

 血液以外にも様々な体液が体にはある。

 それがどんどん失われていく。

 当然ながら生命活動は維持出来なくなる。

 枯れ木のようになっていく体は、やがてひび割れて崩れ落ちていく。

 乾燥の極めに達して塵芥になっていくように。

 その中で司祭は生命活動の全てを停止していった。



 それと同時に霊魂といったものも吸い取られていく。

 邪神官の祈る先にいる存在へと。

 それは邪神官と呼ばれる者が信仰してる対象である。

 そして、女神イエルと対立してる存在である。

 祈りとして邪神官は捧げた供物を己の神に提供した。

 それがここで行われた儀式である。

 生け贄と言ったほうが分かりやすいだろうか。



 こういった供物を捧げる儀式は珍しいものではない。

 それこそ、神への祈り、崇拝という行為すらも供物の一種である。

 崇拝する事で神々に気力の一部を渡してるからだ。

 自覚してる者はまずいないが、日常的に行われてる神への崇拝とはこうした行為となっている。

 その力を得て神々は様々な奇跡を行っている。



 こういった気力の受け渡しは、それほど大きな問題にはならない。

 手を組んで拝むくらいの儀式で受け渡す気力は小さなもので、日常的な活動に支障はない。

 失った分もほどなく回復する。

 せいぜい、目の焦点が一秒ほど合わなくなるくらいだ。



 これを拡大したものが大がかりな儀式となる。

 供物を捧げるのはその一つである。

 捧げられたものが保有してる気力はほぼ全て神に提供する事になる。

 当然、捧げられた供物は消失する。

 粉になるほど干からびて。



 その違いは、どの程度の気力を神に提供するかというものでしかない。

 それが少なければ神を拝む崇拝で終わる。

 程度が激しければ、お供えものを揃えるようになる。

 はだはだしい場合は生け贄を捧げる事になる。

 だが、どれも根本の部分は同じだ。

 気力というのは霊魂を提供する事に変わりはない。

 そこに正邪善悪の違いはなかった。



 それでも違いをあげるとするならば。

 失う程度が少ないものを祈祷と呼び。

 多大な犠牲をはらうものを死霊術と呼んでるだけである。

 この二つ、正反対にように思われるが、実際は同じものである。

 どちらも霊魂に関わる術である。

 それをどう用いるかの違いでしかない。

 祈祷は主に神々への崇拝と、その見返りに奇跡を得るもの。

 死霊術は霊魂の作りを利用して死霊を操ったり死体を動かしたりするもの。

 だから神を崇拝する神官は、誰かを呪う事も死者の声を聞く事も出来る。

 だから死霊術を操る魔術師は、死霊を成仏させたり退散させる事も出来る。

 両者に差や違いは全くない。



 こうして提供された気力や霊魂が戻ってくる事は無い。

 捧げられたら肉体どころか霊魂そのものが消失する。

 それはただの死にとどまるものではない。

 肉体が死んでも霊魂が存在するなら存在を留める事は出来る。

 例え死んでも、いわゆる死後の世界で活動する事も出来る。

 転生して再び現世にあらわれる事もあるだろう。

 しかし、霊魂が消失したらそんな事出来ない。

 永遠に失われる事になる。

 強いていうならば、別の存在に消化吸収されて栄養となって存在する事にはなるかもしれない。

 だが、そこに意志や意識はない。

 己という存在は消えている。

 吸収したものを構成する一部、部品や燃料となる。

 それは存在してるは言えないだろう。



 祭壇に置かれた司祭にはそれが分かってしまった。

 まがりなりにも神に仕える者である。

 崇拝やそれにまつわる儀式などの仕組みはある程度分かっている。

 分かっているから自分がどうなるか知ってしまった。

 知った故に恐怖をおぼえた。

 だが、逃げようにも拘束されてるし、痛め付けられた体はまともに動かない。

 出来る事は無言で己の崇拝する女神に願うだけ。

 どうか自分を助けてくれと。

 だが、敵地の中では己の崇拝する女神との交信もままならない。

 対立する神々の力が強いのだ。

 そんな中で出来る事と言った、奇跡が起こる事を願うだけ。

 その奇跡を起こす女神イエルが手を出せない。

 司祭の命運はここに尽きた。



 そこまでしなくてはならなかった。

 肉体だけでなく霊魂を、存在そのものの消失させる。

 むごいと言えばこれほどむごいものはないだろう。

 だが、ここまでしなければ、神官を通じて女神が介入する可能性がある。

 そうなったら内部に脅威を抱える事になる。

 それを避ける為にも、教会の関係者は霊魂ごと消滅させねばならなかった。

 いかに神々と言えども、消失した霊魂を仲介して奇跡を起こすことは出来ない。

 それは肉体を失った死霊の状態でも可能だ。

 だから教会の関係者は生け贄にして処分するしかなかった。



 この場にいる協会関係者も同じ道をたどる。

 一般人以上に女神との接点のある者達を放置は出来なかった。

 確実に潰しておかねばならない。

 情けをかけるわけにはいかなかった。

 ここで憐憫を抱けば、それは大きな災いとなってかえってくる。

 敵を生かしておけば、脅威を抱える事にしかならないからだ。

 確実に消しておかねばならない。



 残った協会関係者達を処分していく。

 一人一人祭壇にのせて、生け贄としていく。

 そうして協会関係者達は肉体を干からびた塵芥に。

 霊魂を彼等と対立してる神々に吸収されていった。

 その様子はその場にいる女達の目にもしっかりと刻みこまれていった。



「見ての通りだ」

 生け贄の儀式が終わったところで邪神官が声をかける。

 拘束された女達は呆然としながらもそれを聞いていく。

「お前らの信じる神の僕は、我が神の御許に送り込んだ。

 そうなりたくなければ、馬鹿な考えは捨てろ」

 返事はない。

 猿轡とは関係なく、誰もが口をつぐんでいた。

 下手に何か言えばどうなるかの実例を、寸前まで見ていた。

 それでも反発するような者はいなかった。

 邪神官達にとって、その態度は好ましいものである。

「大人しく聖女としての仕事をまっとうしろ。

 我らの勇者に寄り添っていけ。

 そうすればそれなりの扱いはしよう」

 それがどんなものであるかは分からない。

 だが、聞いていた女達は素直に従う事にした。

 死ぬよりはよいと思って。

「もし従えないならば、その時は我が神の御許へと送ってやる」

 それを望む者はいない。

 崇拝してる対象ではないし、何より生け贄にされた司祭達のようにはなりたくなかった。

 目にしたようなおぞましい死に方は御免である。



「では、引き続き聖女としてのつとめを果たせ。

 さすれば我が神の慈悲もあるだろう」

 保障はない。

 だが、気休め程度にそう言って司祭達は退出した。

 入れ替わるように男達が入ってくる。

 近づいて来るその者達に、女達は何も言わない。

 生け贄の儀式が始まる前に見せたような拒絶の態などは消えていた。

 ただ、すすり泣く声だけが上がっていく。

 そうしながらも女達は与えられた役割を果たしていく。

 もう誰も文句は言えなかった。



 こうして女達は聖女になっていった。

 崇拝していたのとは別の神の。

 求めた理想とは全く違った形で。

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