137回 安全策をとっても、どのみち襲撃される事になっている 4
「なんだ?」
馬車に同乗してる兄が窓の外に目をやる。
つられてフユキも外を見る。
見える範囲では何が起こってるのか分からない。
だが、何かが確かに聞こえてきた。
「失礼!
敵襲です!」
随伴してる騎兵が状況をしらせてくる。
それは起こりうる可能性の一つだった。
しかし決して起こってほしくない事だった。
それが発生してしまった事にフユキと兄は軽く絶望をしてしまう。
それを察してか、
「ご安心めされい」
騎兵は励ましの言葉をかけてくる。
「必ずや突破してみせましょう」
「頼むぞ」
兄が返事をする。
しかしフユキは、それをどこまで信じて良いか分からなかった。
励ましは励ましどまりでしかなかった。
結果から言えば騎兵達は前を塞ぐ鬼人達を突破出来ず。
逆に粉砕されてしまった。
鬼人達の持つ金砕棒は、一振りで騎兵を薙ぎ払っていった。
ご丁寧に馬を狙わず、騎乗してる兵士だけを狙って。
動きの鈍い鬼人であるはずだが、そこはやはり兵士である。
受けてきた訓練とくぐってきた実戦が彼等に機敏さを与えていた。
それを敵にした騎兵は哀れというしかない。
更にフユキと兄の乗る馬車は、腕尽くで止められた。
力に勝る鬼人が、三人ほどまとまって馬をつかまえたのだ。
人間ならありえない事であるかもしれないが、力に優れる鬼人ならば問題は無い。
馬ごと馬車を止める。
これでフユキとその兄の未来は確定した。
「これはこれは」
捕らえたフユキと兄を見てユキヒコは驚いた。
馬車に乗ってるのだからそれなりの立場の者とは思っていたが。
「おもしろい獲物だな」
捕らえた二人を見てそう漏らす。
とはいえやるべき措置に変化があるわけではない。
男は腱を切って放逐する。
女は連れて帰って聖女にする。
これは変わらない。
相手が領主の子であってもだ。
「それじゃ、いつも通りにやっておいてくれ」
「分かった」
近くにいた者にそう指示を出し、ユキヒコはフユキの意識に介入する。
暴れたり自害されたりすると面倒なので、とりあえず眠らせておく。
ユキヒコの指示に従うよう強制する事も出来るが、今はそれはやめておいた。
他の者達にも同じような措置をせねばならない。
超能力を使う事で消耗してしまう気力を考えると、そう乱発も出来なかった。
そして、押さえつけられ腱を切られる兄の前でフユキを馬車に放り込む。
「じゃあ、残りの遠足がんばってくれ。
片手片足が動くなら、明日くらいには到着するはずだ」
体の要所を切断されてもだえる兄にそう言って、フユキは馬車を動かしていく。
「ついでに何人かこいつに乗せてやれ。
移動の手間が省ける」
その言葉を聞いた者達が何人かの女を連れてくる。
それらも既に措置をされているようで、血止めの布がまかれている。
そんな女達を何人か乗せて、馬車はゆっくりと動いていった。
他にも荷車や馬車を強奪して輸送をはじめていく。
魔術で眠っている者達はそれに気づく事もなくされるがままになっている。
作業を行ってるゴブリン達は、眠ってる女達が起き上がらないよう注意して車にのせていった。
また、途中で起きてもいいように、手足をある程度縛っていく。
そうやって荷物扱いされた女達は、その場から運び出されていった。
その様子は後続の難民達も目にする事になる。
しかし、声を上げたり行動に出る者はいない。
まともに動けない彼等にそんな事が出来るわけがなかった。
下手な事をすれば殺されてしまう。
それが分かってるので、黙って作業を見つめていた。
それでも、何人かはどうにかしようと考えはした。
行動しようともした。
しかし、その都度周りの連中に止められる。
「よせ、なにしてる」
「襲って来たらどうするんだ」
我が身かわいさの小心者共が勇気をもった者達を非難する。
事なかれ主義といおうか。
とりあえずこの場をやりすごせれば、という思いだけで動いている。
おかげで襲われた者達は誰一人助かる事無くされるがままになっていった。
この事が後に難民と市街民との間で更なる摩擦と衝突を生む事になる。
そんな難民達に、
「おう、ごくろう。
遠足がんばれよ」
とユキヒコはあたたかな声をかけた。
それを聞いた難民達が憎々しげな目をむける。
もちろん意に介さず、ユキヒコは嫌みをかけ続ける。
「大変だろうけどがんばれよ。
お前らが大人しくしてる分には、俺ら手を出さないから」
人道的見地からではない。
この難民がそのまま隣の領地の市街に辿り着けば、そこでまた問題になるからだ。
その為にも、彼等にはちゃんと隣領まで辿り着いてもらわねばならない。
手を出して殲滅するなどもってのほかだった。
「お前らには手を出さないよー」
そこに嘘偽りはまったくない。
そして、
「お前らの女は俺達がちゃーんと使ってるからねー。
安心してくれー」
心配してるだろう身内の者達に、囚われた者達の安否を伝えてあげる。
それが彼等の神経を逆なでする事を願って。
「みーんな、俺達の聖女様になってるから」




