136回 安全策をとっても、どのみち襲撃される事になっている 3
接近したゴブリン達は手にしたものを投げかけていく。
槍や剣といった武器ではない。
網やボーラといった拘束のための道具である。
これでまず敵の動きを阻害していく。
人数で上回る敵が相手なのだから、正面から戦うわけにはいかない。
まずは動きを封じていく必要がある。
能力で劣るゴブリンにとって、これが出来るかどうかが重要になっていく。
幸いにも効果はなかなかのものだった。
接近に気づかなかった多くの者達が網を被せられて動きをとれなくされていく。
また、馬やロバの足にに投げられたボーラ(ロープの両端に重石をくくりつけたもの)が絡み着く。
それだけで騎兵や場所の動きは遮られた。
落馬して、
「ぐあ!」
と叫ぶ者もいる。
とはいえ、敵も馬鹿ではない。
大半は右往左往するが、冷静なものもいる。
特に荒事に慣れてる義勇兵などは、混乱に陥る事もなく対処しようとする。
しかし、そんな義勇兵達に頭上からの攻撃が降り注ぐ。
街道を覆う森林の上からやってくる獣人によるものだ。
木の枝を伝い、木々の間を飛び回る彼等は、敵の頭上から矢や石を飛ばしてくる。
それらにやられて数少ない義勇兵が倒れていく。
そして、頭上に気を取られていると、地面を走ってくるゴブリンに狙われる。
さりとて、ゴブリンに気を取られてると上から攻撃される。
「くそ、なんだこいつら!」
「上に……、いや、下にも気をつけろ!」
人間同士ならあり得ない立体的な攻撃を受けて、義勇兵達は倒されていった。
恐れおののく避難民は立ち尽くす。
あるかもしれないと思っていた襲撃だ。
覚悟はそれなりにしていた。
しかし、実際にやってくると右往左往してしまう。
そんな中でも比較的目端の利く者、割と冷静だった者はこの場からの逃亡をはかる。
戦っても不利だと察しての行動だ。
悪い判断ではない。
だが、そんな彼等の行く手を阻むようにそこかしこで火花が散る。
破裂音も連続して鳴り響く。
「うわ!」
悲鳴がそこかしこで上がる。
その火花に殺傷力はない。
破裂音もだ。
瞬間的に眩しい光が放たれるだけである。
少しばかりうるさいだけである。
だが、それで充分だった。
瞬間的であっても目を塞がれる。
音がうるさくて集中出来ないし、周りからの声も聞こえない。
指示がかき消されてしまう。
連発する爆竹のような騒々しさのせいで、情報の伝達が阻害される。
それらは全てイビルエルフの魔術によるものだった。
眠りや疲労を与えていた彼等だが、今は更に手軽に行えるこういった手段を用いていた。
単純で簡単な手段である。
だが、それがもたらす効果は絶大だった。
これも作戦のうちだった。
最初は人知れず相手の動きを低下させる。
しかし、襲撃に移ったら派手な火花や閃光、破裂音で混乱をさせる。
それにより敵の意識を攪乱していく。
既にこちらの接近を知られたなら、分からないように動きを止める必要は無い。
むしろ派手に盛大に攪乱した方が良い。
目に見える分かりやすい形で。
状況はそう変化していってるのだから。
求めるのは混乱である。
直接的な殺傷力はなくても良い。
大勢の動きが止まれば良い。
出来るならば、敵を一網打尽にしてしまいたいところではあるのだが。
それが出来るほどの魔術の使い手は残念ながらいない。
ここにいる魔術師が無能だからではない。
むしろ、腕は良い方だ。
数人くらいをまとめて殺傷するくらいの魔術を使いこなせるのだから。
それが出来るくらいの魔術師はそうはいない。
だが、それを数回使ったところで、倒せる敵はせいぜい20人から30人といったところだ。
数千人もいる敵を倒すことは出来ない。
火力が足りないのだ。
だったら、敵を倒さなくてもいい。
上手く足止めしてもらった方が良い。
その為に、使っても消耗が少ない低レベルの魔術を多数用いる事にしていた。
それで何の問題もなかった。
敵が混乱すればゴブリンでも対処が出来る。
そのゴブリンも直接的な攻撃ではなく網などを使って敵を絡め取るようにしている。
直接的な攻撃を仕掛けてるのは、足止めのために道をふさいでる鬼人と、頭上から攻撃をしてる獣人くらいである。
だが、この役割分担が絶大な効果をあげていた。
動きがとれなくなってる敵は、案山子と同じである。
それらを倒していくのは造作もなかった。
最も危険と見なされた義勇兵が真っ先に潰されていく。
それが終わると、今度は網に囚われた者達が潰されていく。
逃げだそうにも網に囚われてるのでどうにもならない。
そうした者達は、ゴブリンによって手足を引き出され、腱を切られていく。
棍棒や手斧で手足を潰されるものもいる。
靴の上から足の甲を粉砕され、指を無理矢理切断された者達の悲鳴が上がる。
「ぎゃああああ!」
その声が周囲にいた者達の恐怖をあおり、対抗心を消失させていく。
段々と避難民達は怯えて震えるだけの烏合の衆になっていった。
そんな中から逃げ出せる者もいた。
いくら包囲を厳重にしてるとはいえ、魔族の方が少ないのだ。
隙はどうしても発生する。
それは仕方ない事と割り切ってはいた。
ユキヒコも全てを捕らえるのは無理だろうと考えている。
なので、無理して全部を捕らえる必要はないと指示を出していた。
「逃げるなら逃がしてやれ」
それがユキヒコの考えだった。
「何千人もいるんだ。
その中から10人20人くらいは漏れが出る」
それはもうどうしようもない事だった。
その程度ならば逃げてもどうという事は無い。
情報が漏れる可能性はあるが、それも仕方ないと諦めていた。
「出来るだけ拾っておきたいけどな」
そうした者達はすぐにユキヒコに捕捉される。
ある程度広い範囲を網羅できるのがユキヒコの能力だ。
逃げ出す者達を見つける事も可能だ。
その能力を使って、動ける者達に指示を出していく。
それによってゴブリンや獣人が動いていく。
そのおかげでたいていはすぐに捕まえる事が出来た。
また、後方に逃げた者達は、後ろを塞ぐ鬼人達が捕まえていく。
彼等が展開していたのは前方だけではない。
逃げ道を塞ぐために後方に展開していた者達もいる。
それらが逃亡者達を次々に叩きのめしていった。
死なない程度に。
「出来るだけ殺さないでね」
ユキヒコからそういう指示を受けていた。
もちろん人道的な見地からのものではない。
「あとで難民にするから」
情け容赦のない理由がそこにあった。




