132回 市街はここまで追い込まれています 5
「こうなってしまったら仕方ない」
父は領主としてフユキと息子にそう告げた。
家族として接する事がほとんどだった父の仕事における顔。
思えばフユキは、それをこの時初めて見た。
「領主としてこの場を離れるわけにはいかん。
また、避難を統率する者も必要だ。
いささか早いが、これも貴族の務めと思い任を全うせよ」
そう言われたフユキはすぐに返事が出来なかった。
そんな彼女より、同席していた兄の方が先に返事をした。
「分かりました、父上」
「頼むぞ。
まあ、実務は他の者がやるだろう。
それらをしっかり引き回すのだ」
幾らか領主の側で仕事を手伝ってるとはいえ、兄もまだ若輩と言ってよい立場。
そんな兄に父は過大な責任を押しつけるつもりはなかった。
その為に役所の主な者を、それも重鎮といえる者をつける事にしている。
実際に仕事はそういった者達に任せればどうにかなるだろう。
領主の息子として求められるのは、あくまで旗頭というところだ。
分かりやすい象徴というのが兄の仕事である。
また、統治者の継承者としての役目もある。
どれ程有能であっても、統治者として認められるわけではない。
それらは基本的に世襲で伝えられていくものである。
これにより乗っ取りなどを防ぐためだ。
その為にも血を引いた子供の存在は必要不可欠である。
これがいないと、継承者なしとして領地を失う事になる。
西柴家としてはそれを避けたいものがあった。
役人達もそれは同じである。
彼等は西柴家に抱えられてる身分である。
領主を失ったら職を失う可能性が高い。
次の領主に任じられた貴族は、子飼いの家来を率いてやってくるだろうからだ。
そうなった場合、以前の家来は不要となってしまう。
このため、己の保身の為にも領主の子供達をもり立てねばならない。
なんだかんだで一蓮托生なのだ。
「しかし、香奈月の娘の言ったこと。
今にして思えば当たっていたのであろうな」
ため息混じりに領主が漏らす。
その声にフユキは顔を強ばらせる。
(大丈夫だよね……)
親しい間柄だった。
どうしても安否を気遣ってしまう。
もう無理かもしれないと頭では考えるのだが。
それでも無事を祈るくらいに諦めきれないでいる。
だが、今はそれどころではない。
目の前にいある問題に対処しなくてはならない。
「とにかく急いで出立するように。
相手の動きの早さ、尋常ではない。
早め早めに動かないと更に悲惨な事になりかねん」
父のその言葉に兄と共にフユキは頷く。
何がどのようになってるのかは分からない。
だが、動きが遅れて良いことはないだろう。
今は先んじて行動していかねばならない。
もう手遅れかもしれないにしても。




