130回 市街はここまで追い込まれています 3
とはいえ、何もしないわけにもいかない。
このまま全滅するくらいならば、多少なりとも生存者が出る方法をとるしかない。
(やむをえんか)
ここに来て領主はようやく決心をする。
側近を呼び、主立った者達を集める。
それらに今後の指示を出す為に。
出来れば、もっと穏便で成功率の高い方策を実施したかったと思いながら。
呼び出された西柴フユキは、何故自分がと思いながら父の所へと向かった。
領主の娘と言えども政策などを決定する場に呼ばれる事はない。
仕事の場なので家族と言えども立ち入る事は出来ない。
(何かあったのかな)
あるのだろうと考える。
それも仕事に関わる事で。
それくらいはフユキにも想像が出来た。
さすがにどんな内容なのかは分からなかったが。
出向いた先では多くの者達が待機していた。
この領地の統治を担ってる者達だけではない。
教会の神官、商店や工房などを率いる有力者。
更には義勇兵団の責任者までいる。
また、いわゆる民の中でもそれなりの影響力を持ってる者達も集まっていた。
これは、町内会の会長のようなものが近いだろう。
あるいはご隠居様といった近所でも顔が利くような立場の者だ。
更に難民の代表者におさまってる者までいる。
それを見てフユキはさすがに驚くしかなかった。
(何これ……)
とにかく町の中でも力のある者達などが集まっていた。
そんな所に呼び出していったい何をしようというのか?
見当も付かなかった。
「集まってもらってありがたい」
並み居る領内のお歴々に領主が声をかけていく。
それをフユキは静かに聞いていく。
「市街の状況は既に知っての通りだ。
最悪と言って良い」
それを聞いて場がざわめく。
分かってはいたが、認めたくないことだった。
まだどうにかなる、これから巻き返せると何となく思っていたのだ。
そう思う事で気を保ってもいた。
しかし、領主が断言する事でその望みが失われた。
残るのは悲惨な現実だけである。
「そこでだ」
ざわめきを押し返すように領主が大声をはりあげる。
「諸君には隣の領地まで逃げてもらいたい。
ここはおそらくもう駄目だろう」
ざわめきが大きくなる。
明らかなる敗北の宣言に等しいからだ。
この状況を好転させる事は不可能という事なのだから。
「状況が状況だ。
もう議論などはしない。
意見も聞かない。
そんな時間はない。
一刻も早く行動しなくてはならない」
領主の言葉は続く。
「残念だが兵を割く事は出来ない。
我々はここに残り、敵と対峙せねばならんのでな」
それは覚悟の決断だった。
残れば敵に囲まれる。
生き残る可能性は低い。
「その代わり、義勇兵と聖戦団には避難民の護衛としてついていってもらう。
義勇兵団と教会はそう心得てもらいたい」
それもざわめきを生み出していった。
現状では義勇兵も聖戦団も貴重な戦力である。
それすらも削ってしまったら、敵が襲ってきた時に領主達が生き残る可能性が無くなる。
だが、それも仕方ない事である。
数千人の避難民に対して、護衛となる戦力はせいぜい100を少し上回るくらい。
正直なところ、護衛としては心許ない人数である。
しかし、襲ってくるだろう敵を撃退する事が出来るのはこれらだけである。
これすら付けないというわけにはいかない。
「それと、道中の安全を保障する事は出来ない。
申し訳ないが、敵に備えるために体が動くものは武装して事にあたってもらいたい」
徴兵というわけではないが、足りない兵数は各自で補ってくれという事になる。
そうでもしないとまずいのは確かだった。
「なお、避難民も共につれていってもらう。
諍いが発生してしまってるのは知ってるが、今はそれをとやかく言ってる時ではない。
そもそも、こうなったのは襲って来たゴブリン達のせいである。
敵はそいつらだ。
我々が互いに争う理由は無い」
聞いてる者達の胸を突く言葉だった。
領主の言う通り、敵はゴブリンである。
この原因を作ったのもゴブリンである。
それなのに目の前に居る者達を敵対視してどうするのか。
誰もがその事を思い出していった。
「言いたい事や思う事は山ほどあるだろう。
だが、今はそれをこらえて事にあたってもらいたい」
誰も何も言えなかった。
静かに領主の言葉を胸に刻んだ。




