13回 襲撃────敗者の末路、崇拝者の信念
ユキヒコへの不気味さをグゴガ・ルが感じてた時。
グルガラスの命令を受けた者達は、生き残りの義勇兵を連行してきた。
それらが拠点の中にある広場に引きずり出されていくる。
いずれも猿ぐつわをされ、手足が縛られてる。
体のあちこちに傷もあり、痛々しい姿をしている。
そんな彼らの内訳であるが。
男が4人。
女が7人。
いずれも、残り32人になっていた生き残り達の、更に数を減らした残存者である。
男が少ないのは、ゴブリン達によって優先的に始末された結果だ。
その逆に、女は可能な限り生け捕りにしようと努めた。
おかげで、男よりも多く残っている。
それが良い事と言えるのかは甚だ疑問であるが。
「じゃあ、やっちゃって」
捕らえた者達に向けてユキヒコが宣言する。
ゴブリン達は事前に伝えられていた通りに動いていく。
まずは女に飛び掛る。
くぐもった悲鳴が上がっていく。
猿轡のせいだ。
ただ、これは悲鳴や叫び声を防止するためにされてるわけではない。
自決防止のためだ。
その理由がこれからすぐに展開される。
体に残っていたぼろ切れ化してた衣服が引きちぎられていく。
その下からは肌があらわれていく。
そこから先の説明は不要だろう。
義勇兵も一般職もなく、女であるという一点で彼女らの今後が決まる。
くぐもった悲鳴をあげながら、彼女らはゴブリンの緑色の肌の中に消えていった。
「止めろ!」
すぐ傍にいた男の生存者達が叫ぶ。
猿ぐつわをされてなければ、そんな言葉が響いた事だろう。
だが、手足を縛られ、口もまともに開けない彼らにそんな事は出来ない。
悔しげな顔をしながらゴブリンの狼藉をにらみつるだけだ。
当然ながら、ゴブリンがそんなものを気にするわけがない。
この上なく楽しそうに女達に襲いかかってく。
悲鳴があがり、それが男達の耳と心を打つ。
それを見て、周りのゴブリン達が楽しそうに笑う。
嘲笑うという方が正解か。
「うおあああああああああああ!」
そう叫ぶ男達もまた、ゴブリン達の娯楽になっていった。
ゴブリンからすれば、日頃痛めつけられていた相手である。
そんな義勇兵達がなすすべもなく転がされている。
おまけに、悲痛な叫びをあげている。
これが楽しくないわけがない。
日頃一方的にやられていただけに、たまらないのだろう。
堪えようのない歓喜を心から吹き上げていっている。
「これでいいのか?」
その様子を見ていたグゴガ・ルが、隣にいるユキヒコに尋ねる。
「ああ、上等だ」
問いかけに笑顔で頷く。
目の前で起こってるのは惨劇。
それをユキヒコは満足げに見つめていた。
「これがいいんだ」
そこにはわずかな躊躇いもない。
グゴガ・ルにはそれが不思議だった。
ゴブリン達が行ってる非情な行為。
そこへの非難めいたものは一切見あたらない無い。
低脳、そして卑劣な性格で知られるゴブリンにもそれは不可解だった。
彼らとて仲間意識くらいはある。
一緒に行動してた者達、気心のしれた者達。
それが傷つき倒れれば胸が苦しくなる。
特に気の合う者などがそうなったら。
それを考えるとユキヒコの態度は異常に思えた。
何せ、ゴブリン達がやってる事を咎めたりしない。
それどころか、やってくれと頼んだはユキヒコだ。
それが実際に行われてるのを見て笑みすら浮かべてる。
そこにいるのはかつての仲間であるのに。
悲惨な目にあってるそれらを見て、そんな態度をとっている。
一切の憐憫も見あたらない。
同情もない。
ただただ、目の前で起こってる事に満足してるようだった。
それがグゴガ・ルには不思議だった。
だが、それを尋ねる前にユキヒコが口を開く。
「それよりも、グゴガ・ルはいいのか?」
「何がだ?」
「お楽しみだよ。
参加してもいいんじゃないか?
手は足りてるんだし」
「ああ、そうだな」
言われて気付く。
確かに今はそれほど忙しいわけではない。
やる事はあるが、それは部下や他の者がこなしてる。
早急に片付けねばならない事は無い。
目の前の遊びに参加しても何ら問題は無い。
なのだが、
「いや、今はいい」
今は遠慮する事にした。
何故かそういう気分にならない。
いつもならば、グゴガ・ルも遠慮無く歓楽に耽るのだが。
どうにもそうしたいと思えない何かがあった。
ユキヒコもそんなグゴガ・ルに無理にすすめたりはしない。
「そっか」
それだけ言って、目の前の騒ぎに目を向けた。
そこにゴブリン達に引きずられて、とある者が連れてこられる。
それを見てユキヒコはさらに相好を崩す。
「これはこれは」
今まで以上に楽しげに、それを見る。
そして、引きずられてきた者の髪の毛をつかんで上げる。
「う……」
髪を掴まれた者が痛みに顔をしかめる。
だが、そんな事気にもせず、ユキヒコはそれを引っ張り上げた。
女神イエルの女神官を。
「おい、生きてるか?
意識もあるな?」
「…………」
「返事をしろ」
そう言って蹴りを一発。
髪をつかみ上げて膝立ちにさせ、その腹をつま先で。
勢いよくめり込んだそれは、女神官に衝撃を与えた。
呼吸が一瞬止まる。
顔が更に苦しげに歪む。
それを気にせずユキヒコは、女神官の顔をゴブリン達の宴の方に向けた。
「よーく見ておけよ。
お前の手下がどうなってくかを」
「…………やぁ」
小さくおののきながら掴まれた者は応える。
かすかであるが明確に分かる拒否の言葉。
しかしユキヒコはそんな相手に、蹴りを入れる。
「嫌じゃねえよ。
しっかり見ろ」
「う……」
「お前らがどうなるのか、その末路をな」
それは宣告にほかならない。
敵対した者にどのような仕打ちをするのかの。
「俺らに喧嘩売ったらああなる」
そう言って惨劇を直視する事を強要する。
「お前が崇拝してる女神に従うならそれでもいいけど。
教えに従って俺達と闘うってんなら覚悟はしておけ」
「ひ……」
言われたて女の神官は短い悲鳴をあげる。
それは神の僕を自認する神官にふさわしい態度ではないだろう。
ではあるが、惨劇を目の前にしては教示など吹き飛ぶ。
教義や崇拝は大事だが、悲惨な現実を前にそれを抱き続ける強さはもってない。
そんな信念、あるいは強情さこそが神官には必要ではあるだろう。
どんな時も教えに従い、神に服従し続けるのが神官なのだから。
実際にそんな強い気持ちを持つ事が出来る者はそう多くはないにしても。
それが最前線の拠点に身を置き、時に義勇兵と行動を共にする従軍神官であってもだ。
実際、彼女を責める事は出来ないだろう。
拠点は陥落、仲間はほとんど死んでいる。
生き残った者達は少なく、周りをとり囲むのは敵ばかり。
わずかな仲間は、(彼女の知る限りでは)全員が悲惨な目にあっている。
今まさに目の前で。
男は身動きが取れないほど痛めつけられている。
女は別の意味で痛めつけられている。
そんなものを見せられて平静を保てる者などそうはいない。
まして、次の瞬間自分もそうなるかもしれないとなれば。
意識を保ってるだけ、捕らわれたこの女神官は強い方だろう。
むしろ、神官であるからこそ弱いともいえる。
普段は信徒に囲まれ、安全圏にいる事が多い。
そんな例え義勇兵に従って戦場に赴いてもだ。
そういった場合、神官には警護がつく。
優先して守らねばならない神官だけに、そういった措置がとられる。
その為、どうしても安全圏からものを見る事になる。
だが、今はそんなものはない。
安全などどこにもない状況だ。
むしろ様々な意味で危機に取り囲まれてる。
こんな状況で女神の信徒としての意思を示すのは困難だ。
だからこそ崇拝の念を確かめる機会であるのだが。
彼女の心はそこまで強くはなかった。
そんな彼女の前で、悲惨な出来事は続いていく。
女達を覆い尽くしたゴブリンがお楽しみを始める。
それを見て泣き叫ぶ男達。
暫くはその状態が続いていたのだが。
「もうそろそろだな。
次の奴を始めてくれ」
とユキヒコが指示を出す。
それに従ってゴブリンは次の作業に入っていった。
周りを取り囲んでいた者達が男共に近づいていく。