129回 市街はここまで追い込まれています 2
(だが……)
それでも、と領主は思う。
もし叶うならば、国も領民も同時に守れる方法が欲しいところでもある。
それが思いつくならばその方法を実行している。
しかし、打開策が思いつかない以上どうしようもない。
より悲惨な状況に陥るか、現状の悲劇を続けるか。
今のところ、選択肢はこれだけである。
(せめて領民を逃がす事が出来れば良いのだが)
この地域が危険なのは既に分かっている。
せめて隣の領域まで逃げる事が出来れば、まだもう少し問題は緩和出来たかもしれない。
しかし、伝令は帰ってこない、商人などもやってこない。
周囲を敵が包囲してるからだろう。
それらを突破すればどうにかなるかもしれないのだが。
(大量のゴブリンか)
阻んでる要因を思い浮かべて嘆息する。
襲われたという商人からその話を聞いて、領主は絶望的な思いにとらわれた。
領主と共に話を聞いた主立った者達もだ。
正確な数は分からないが、数十とも100を超えるとも言うゴブリン共。
それらに襲われ全てを奪われたという商人の証言は実に重い。
彼の損失や負傷もそうだが、それが示す事実はより大きい。
それだけの大軍が潜んでるならば、突破して逃亡するのも難しいだろう。
数千の領民を守って移動するのは、現有兵力では不可能だ。
民衆にも武装して戦闘に参加してもらうにしてもだ。
その足枷になってるのが難民である。
正確に言うならば、難民が追ってる傷だ。
難民達を非難するわけではない。
彼等も領民であり、敵に襲われた被害者だ。
同情もするし、どうにかしたいとも思う。
だが、それで状態が変わるわけではない。
手足の腱が切られてまともに動く事が出来なくなってる彼等は、どうしても行軍のお荷物になってしまう。
一緒に行動するなら、歩みがそれだけ遅くなる。
ここから脱出する際には、それが問題になってしまう。
膨大な人数、少ない護衛。
そして、移動を阻む負傷者。
これらが隣の領主の所への移動を難しくさせていた。
一応、負傷者への手当は出来ないものかと考えはした。
治療の魔術を使える者、教会の神官による奇跡の行使。
これらを打診はしてみた。
しかし、答えは芳しくない。
傷は魔術による治療では回復出来ない程深いものだった。
少なくともこの領地にいる魔術師の腕では不可能である。
回復させるには、もっと強力な魔術師の力が必要だった。
そしてこれが可能な程の魔術師は数が少なく、呼び寄せるのも難しい。
それほどの腕があるなら、相応の地位や立場についてる者が大半だからだ。
そうでないにしても、多額の謝礼が必要になる。
如何に領主と言えども、そこまでの権限はないし、千人単位の治療を頼めるほどの金はない。
神の奇跡も同様で、治療は可能だがそれが可能な程の奇跡を授かってる者がいない。
いたとしても、それは教会でも上位に入る者達でなければ不可能である。
もっと大きな町の教会を任されるような神官か、危険な地域に出向かなければならない伝道者でもなければ。
あるいは勇者や聖女でなければ、これほどの深傷を治すことは出来ない。
それ程に傷の深さは深刻だった。
この為、傷を負ってる難民の移動は困難を極める。
完全に動けないわけではないが、片手片足のみ無事という状態では移動速度がどうしても落ちる。
では、荷車や馬車を用意したらとも考えるが、現在保有してる数ではとても足りない。
また、市街の者達の難民への感情の問題もある。
やむなき事とは分かってるが、難民が起こした問題の為に市街の者達は敵対心を抱いてる。
この憎悪がある限り、難民を助けて隣の領地に向かう事はないだろう。
さすがにこれは領主ではどうにか出来るような事ではなかった。




