122回 そして勇者達は 3
そんな事を喋ってる中で、聖女の一人が俯き加減になっていく。
それに気づいた勇者が声をかけていく。
「どうした、気になる事でもあるのか?」
「うん、ちょっとね」
そう言って聖女は笑みを浮かべる。
「でも、大した事じゃないから」
「こら、そんな事言うな」
空元気で応えた聖女を勇者は窘める。
「気になる事ははっきり口にしろ。
でないと余計にため込むぞ」
「う……うん」
「で、何があったんだ?」
そう尋ねられて聖女は少し口ごもる。
言うか言うまいか悩んでるようだった。
しかし、しばしの沈黙の後に口を開き、
「あのね、最近聞いた方面で色々おかしな事が起こってるらしいの」
「ほう?」
その場所は勇者も初耳だった。
だが聞きおぼえのある場所でもあった。
「それって、この前行ったところじゃないのか?」
とはいっても何回か前、もう時間にして何ヶ月も、いや、一年は前の事である。
彼等が派遣された場所であり、何となく聞き覚えがあった。
「そこがおかしくなってるのか?」
「なんかね、そんな話を聞いたの。
そんな大きな戦いがあったわけじゃないみたいなんだけど」
そう言って聖女は聞いた話を口にしていく。
それは地方の小さな敗北であった。
拠点が一つ潰れ、詰めていた義勇兵達が壊滅したという。
また、そこに赴いた聖戦団も未帰還になった。
おそらく、それらは壊滅したのだろうと見られていた。
問題と言えば問題である。
しかし、珍しいかと言えばそうではない。
同じくらいの問題はそこかしこで起こってる。
今回の場合、拠点は潰れたがその近くにある町や村まで被害が及んでるわけではない。
なので、まだ最悪というほど悲惨な状況にはなってはいない。
被害に遭った者達は気の毒だが、全体の戦況からすれば許容可能な損害の範疇である。
だが、聖女が気になったのはその損害の大小ではなかった。
「そう言えば、お前の知り合いがいたんだってな」
「……うん」
気がかりなのはそれだった。
その方面には見知った顔がいた。
聖女が生まれ育った村で共に育った少年である。
聖女より年上で、勇者と同じくらいの年代だった。
子供の頃は兄のように、そして愛おしい相手として見ていた存在だ。
あまり自覚はなかったが、初恋だったのかもしれない。
そんな相手だった。
だから気になってはいた。
ただ、そうだから勇者には知られたくなかった事でもある。
「その、ごめんね。
あまり大した事じゃないのに」
そう言って聖女は誤魔化した。
勇者の気を悪くさせるかもしれないと思ったからだ。
今となっては昔の事だが、やはり勇者以外に気になる者がいたというのは知られたくない。
知れば勇者も嫌な気になるかもしれないのだから。
しかし、
「馬鹿言うなよ」
反ってきた声はそんな聖女を窘めるものだった。
「気になってるんだろ、そいつがいた所だから」
「……うん」
「じゃあしょうがないだろ。
馴染みの人間がいれば心配にもなる。
そんなの当たり前だろ」
「でも……」
「でもも何もない。
お前の知り合いで、親しかった奴なんだろ。
それなら心配して当たり前だっての。
むしろ、何にも感じねえ方がおかしい」
「…………」
「いいんだよ、心配して。
それが普通なんだから。
それとも、どうでも良い奴だったのか?」
「そんな事は……」
「なら、普通に心配してろ。
どうしてんのかな、とか。
大丈夫かな、とか。
そうしてればいい」
「…………うん」
「お前がそいつをどう思っていたにしてもだ」
そう言って勇者は聖女の頭を撫でた。
「大事な奴だったんだからそれでいいんだよ」
「うん」
「だから、今度の仕事が終わったらそっちの方も見に行こう」
「え?」
「なんか面倒な事が起こってるみたいだし、勇者としては放っておけないからな」
「でも、それは……」
そう簡単に動けるものではない。
勇者の活動は基本的に女神イエルの神託による。
それが優先される。
なので、自分の意志による行動は慎まねばならなかった。
神託があった時に行動出来ないとなれば大問題になるからだ。
なのだが勇者は全く構わずにいる。
「気がかりは無くしたおいた方がいい。
それに問題があるなら取り除いておかないと。
勇者としてはそうしないといけないだろ」
「…………うん」
「だから、今度の仕事をさっさと終わらせよう」
「うん、そうだね」
言いながら聖女は自分の顔が解れていくのを感じた。
思ったよりも強ばった表情をしていたようだ。
その事に気づく。
そして、そんな強ばりを解いてくれた勇者に礼を言う。
「ありがとう」
「いいって」
勇者は鷹揚に返事をした。
「お前は大事な仲間だからな」
言いながら細い肩に手を置く。
「だから気にするなよ、ユカ」
聖女ユカは、そんな勇者に本心からの笑みを浮かべて頷いた。
それから程なく勇者と聖女達は出発した。
女神の示す方向へ。
そうしながらもユカはとある方向に気持ちを向けていた。
(頑張ってね、ユキヒコ)
かつて好きだった相手への心配をしながら。
(女神イエル様。
どうかユキヒコをお守りください)
その身を心から案じながら。
章の終わりに。
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