12回 襲撃────自らの手で破壊し、敵にとどめを刺され
狂乱と狂騒が前線拠点の中で荒れ狂っていく。
義勇兵同士が争い、上司が部下を、部下が上司を斬り殺していく。
日常作業を担当する一般職員も武器を取り、戦闘員である義勇兵に挑みかかっていく。
そんな騒乱が半日ほど続いた。
その結果残ったのは、大量の死体。
そして、更に残り少なくなった義勇兵達。
敵に襲われたわけでもなく。
自らの手で彼らは数少ない仲間を更に減らした。
何一つ得るものも為す事もなく。
今、この拠点に残ってるのは32人。
それが彼らのなしえた成果だった。
「どうする?」
生き残った者達はその場にいた者達同士で考えはじめる。
この先どうするのか?
その事を誰もが考える。
「どうもこうもないだろ」
だれかが応える。
「ここからさっさと出よう」
この場に留まっても良い事などない。
敵地の中だし、味方も減った。
そもそも食料が無いのだ。
こんな状態で長期間留まる事が出来るわけもない。
かと言って外に出るのも危険だった。
外にはおそらく敵がいる。
それは誰もが予想している事だった。
出撃したまま帰ってこない仲間の存在が物語ってる。
そんな所を無理矢理突破するのは危険だった。
また、生き残ってる義勇兵達は、帰ろうにも帰れない理由が出来てしまった。
この拠点の有様がそれである。
帰還すれば何があったのか聞かれるだろう。
その時どうするのか?
例えその時騙す事が出来たとしてもだ。
拠点の調査がされれば、その時に全てが発覚する。
そうなれば処罰は免れないだろう。
極刑もありえる。
それがなくても、より危険な地域に配置転換させられる可能性がある。
そして、捨て駒として扱われる事になるだろう。
どうせ死刑にするならば、という考えである。
軍とて人が余ってるわけではない。
使える者が、いや、使える駒があるなら利用しようとする。
そうなる可能性は極めて高い。
だから帰るという選択肢も無くなっていた。
仮にそういった心配が無かったとしてもだ。
ここから帰還するのも大変な労力になる。
馬は食ってしまったので、馬車を引かせる事が出来ない。
となれば歩いて帰るしかないのだが、それが問題だった。
この拠点は町から結構離れたところに設置されている。
そこから帰るとなると、山道を二日三日は歩く事になる。
あるいはそれ以上か。
馬車ならばもう少し早く到着出来るのだが。
その手段は彼らが自ら消滅させてしまった。
「どうしようもないな」
ぼやき声があがる。
現実を正しく認識すればそうなるだろう。
そうした者からうなだれていく。
ここから生きて帰るなど、奇跡が起こらない限りありえないように思えた。
それでも、生き残るつもりなら脱出するべきだっただろう。
全員は無理でも、誰か一人か二人は人里に到達出来たかもしれない。
生き残ったわずかな者達が、完全に壊滅する事態は避けられたかもしれない。
途中で何者かに襲われるにしてもだ。
それは非情の決断ではある。
誰かが死ぬのは避けられない。
しかし、この場に残るよりは生存の可能性があった。
少しでも早く、一瞬の躊躇いもなく実行していれば。
その可能性はやがて潰える。
外部からやってくる者達によって粉砕された。
彼等が騒動を起こしてる間に、それは接近していた。
梯子をかけて壁を越えてくる。
これからの事を考えて途方に暮れてた義勇兵達。
そんな彼等は、目の前にあらわれた危機に青ざめていく。
それは漠然とした不安ではない。
実体を持つ危機だった。
ゴブリン。
彼等の敵である。
中の様子が分かったわけではない。
だが、ユキヒコは立ち上る気配から何かが起こってるのは感知した。
それは、戦闘の時のように荒々しく立ち上っていた。
闘志や殺気といったものが。
戦場で見てきた種類の気を、拠点から感じ取った。
また、よくよく見れば見張り台などにも人がいない。
通常ならば、誰かがいるものなのだが。
その他にも微細な異変を発見していった。
(何かある……)
そう思ったユキヒコは、急いで指示を出した。
「グゴガ・ル、兵隊を集めろ。
中に乗り込むぞ!」
その声に傍にいたグゴガ・ルは驚いた。
しかし、
「分かった」
とすぐに頷き、指示を隊長に伝えていく。
そこからは早かった。
指示を聞いたグルガラス・ラウはすぐに動き出す。
それだけユキヒコを信頼していた。
彼の指示に従ってきた事で、グルガラスは今までにない成果をあげている。
今回もそうなるだろうという予測に立っての行動だ。
「急げ!」
慌ただしく指示を出す。
それからは早かった。
かねてより用意していたハシゴを使い、一気に壁を越えていく。
そうして侵入したゴブリンは、拠点の門を開けていく。
外で待機してたゴブリン達は、次々に飛び込んでいく。
総勢100人を越える全てのゴブリンが。
拠点内は、再び騒々しくなった。
今度は敵同士の殺し合いによって。
「ありがたいと言うか……」
中の様子を見て何が起こったのかを察した。
倒れたまま片付けられる事もない死体。
それがあちこちに転がっている。
何が原因なのかはさすがに分からないが、何が起こったのかは明白だった。
「まさかここまでになるとはね」
敵を減らそうとは思っていた。
しかし、こういう形でそれが達成されるとは思わなかった。
ユキヒコにとっても、これは意外なものだった。
好ましい結果ではあるが。
拠点の中に残っていた者達にとって最悪の事態は続く。
内部に入ってきたゴブリンにより、生き残りが倒されていく。
戦闘に慣れてる義勇兵達も、勢いにのまれていく。
数の違いが大きい。
また、気力や士気といったものも萎えている。
そんなところを襲われたら、どうにもならなかった。
少しは粘るが、それでも後退を余儀なくされる。
もとより体力が低下していたのもある
思うように空が動かない。
これではゴブリンが相手でも分が悪い。
普段なら、大した手間もかけずに倒せるのに。
更に悪い事に、このゴブリン達の大半はユキヒコの指導を受けている。
その為、戦闘の仕方もそれなりに心得ている。
まだまだ未熟で稚拙だが、何も考えずに動いてるわけではない。
そんな連中が相手だから、どうしても押されてしまう。
仕方なく生き残り達は、立てこもれそうな所に入っいく。
しかし、そこまで辿り着く事が出来た者は少ない。
残念ながら、ほとんどがゴブリンに倒されていった。
上手く憩い残れたのは、最初から建物の中にいた者達くらい。
それらも、侵入して来たゴブリンに襲われていく。
「ちくしょう……」
運良く生き残った者が罵り声をあげる。
窓から外を見て、悔しさがこみあげてくる。
拠点の中でもっとも堅固な司令室。
そこに立て籠もる事が出来た者達は、だからといって希望を見いだす事はできなかった。
むしろ、外を見て絶望する。
見える範囲だけでもゴブリンがうじゃうじゃいる。
また、開かれた門からも続々と新たなゴブリンが入ってきている。
それらを退ける事は不可能に思えた。
少なくとも、この場にいる者達だけでは。
「どうするよ……」
「どうするって言っても」
「どうにもならねえだろ、こんなの」
その場に居たのは、全部で8人。
一般職の作業員も含めてだ。
この人数では立ち向かうことなど不可能である。
何とか突破して逃げだそうにも、それすら無謀としか言いようが無い。
なお、彼等が知る由もないが。
これは拠点内に残った最後の義勇兵達である。
もうどこにも仲間はいない。
他の者は、ゴブリンに倒されるか捕まっている。
他にもいるかもしれない生き残りと合流して何とかしよう、という事も実現出来ない。
それを知らないのは幸か不幸か。
知らないから希望を抱ける。
しかし、知らないから無駄な事を考える。
果たしてどちらがどれだけ幸せなのか。
それは神でも分からないだろう。
「どんだけいるんだよ、あいつら」
うんざりする彼等の目には、外のゴブリンが無数にいるように思えた。
それほど拠点内のあちこちを徘徊している。
強行突破するのは難しい。
物陰を伝って逃げるにしても、ゴブリンの数が多すぎて不可能に思える。
「どうすんだよ……」
絶望的な声が上がっていく。
そんな彼らの耳に不吉な音が入ってくる。
ドンドン
ガンガン
何かを叩く音だった。
ゴブリンが建物の壁やら窓やらを打ち壊そうとしてるのだろう。
その音が立て籠もった者達の神経を更に削り落としていく。
「くそ……」
苛立つ。
どうすればいいのかと考える。
だが、どうしても良い考えが浮かばない。
いっそ突破を計ろうかとも思う。
だが、成功する可能性は極めて低い。
外に出れば確実に死ぬ。
四方八方から攻めたてられる事になるだろう。
それよりも、まだ部屋に籠もってる方がマシに思えた。
攻め口が限られてるので、一度に侵入出来る数に限りがある。
それを逐次倒していけば、どうにかなると思えた。
彼らは一つ勘違いをしている。
あるいは、考え違いというべきか。
確かに攻め込んでくるならば、そうなったかもしれない。
分の悪い状況で、少しは有利な戦闘が出来たかもしれない。
ゴブリン達が攻め込んでくれば。
だが、ゴブリン達がそんな思惑に付き合う必要など無い。
その事を彼らは失念していた。
やがてドアや壁を叩く音が聞こえなくなる。
立て籠もっていた者達は、そのことに少しだけ安堵した。
ゴブリン達が攻めてこないと思って。
「やった……のか?」
「諦めた?」
どういう理由かは分からない。
しかし、ゴブリンは退いたように感じられた。
そこで彼らは緊張を解く。
しかし、今度は訪れた静寂に恐怖をおぼえた。
外で何が起こってるのかと誰もが疑問をいだく。
確かめるのが怖くて、ドアを開く事は出来なかったが。
だからこそ苛ついていく。
騒がしくても静かになっても心配させられることに。
そうさせるゴブリンに嫌悪感を募らせていった。
そんな彼らの立てこもってる建物。
それを見てユキヒコは指示を出していく。
「じゃあ、立て籠もってる連中は放っておこう。
出られないようにして」
ユキヒコの指示は単純であった。
立て籠もって出て来ないならば、そのまま閉じ込めておけばいい。
出て来たら面倒だが、そうでないならさして問題はない。
無理して倒す必要も無い。
生き残ってる連中には、そのまま室内でゆっくりしてもらえば良いのだ。
「大木でも石でも何でもいいから、扉や窓を塞いでやってくれ。
出来れば頑丈なもので塞いでやるといいけど」
扉や窓を開けても、頑丈で巨大なものでふさがってれば取り除きようがない。
だから、出来るだけ大きなもので塞ぐのが望ましい。
「難しいが、なるべく頑張ってみる」
「頼むよ」
引き受けたグルガラスに、お願いの一言をかける。
「だが、この先の事はお前に頼むぞ」
逆にそうも言われた。
この先の動き方、作戦、戦略。
勝利か敗北か。
その全てを任される。
「頑張るさ」
ただそれだけ口にする。
出来るかどうかは分からない。
だが、出来るだけ彼らの期待に応えようとはした。
「ところでさ」
グルガラスが去ったあと、グゴガ・ルに声をかける。
「他にも生きてる奴はいるの?」
「ああ、何人かは捕らえてある」
ゴブリン達も全ての敵を倒したわけではない。
生きて捕らえた者も何人かはいる。
そうするのは手間だったが、それもユキヒコの出した指示だ。
可能な限り義勇兵は生け捕りにしていた。
「けど、どうしてまた。
生かしておく必要があるのか?」
「無いよ」
あっさりと答える。
グゴガ・ルは驚き、そして困惑した。
「なら、どうして。
そんな無駄な事を」
「余興かな」
「?」
「この先をやりやすくするための処理だよ」
ますます分からない、という顔をするグゴガ・ル。
そんな彼に、
「まあ、見ててよ」
ユキヒコは笑顔を見せた。
それはとても澄み切ったものだった。
何か楽しい事を思いついた子供のような。
これ以上ないくらい面白い事を思いついた時のような。
そんな無邪気な笑い顔だった。
しかし、それを見たグゴガ・ルは、これ以上ないほど背筋を震え上がらせた。
その時この賢いゴブリンは感じた。
目の前にいる、これまで自分達を導いてきた者の抱える何かに。
自分達に見せるものとは違う何かを、この時だけ少し覗かせた事を。
それが何なのかはっきりとさせる事は出来ない。
だが、そこにとてつもなくおぞましい何かを感じた。




