119回 市街の中心で
(遅かったのかな……)
混乱する町の様子を耳にする。
西柴フユキはその都度嘆息を吐いていた。
(ユカリの思った通りだった……)
出発する前に伝えられた懸念。
それが形になってあらわれてきたのだろう。
周辺の町や村が襲われて、そこから難民が流れ込んで来てるのだから。
(もっと早く動いていられれば)
そう思うも、今更どうしようもない。
既に事は起こってしまった後なのだから。
そして、個人的に気になる事もある。
(ユカリは大丈夫かな)
そんなわけはないと頭では理解してる。
日帰りで戻ってこれる距離の所に出向いて既に数日以上が経っている。
それなのにまだ帰ってこないのだ。
何かがあったのだと考えるしかない。
それも、とんでもなく最悪の事が起こったのあろうと。
でなければこれほど時間が経っても帰ってこないという事にはならない。
(無事でいてよ)
無理だとは思う。
それでも願ってしまう。
(イエル様、どうかユカリが無事に帰ってこれますように)
崇拝対象の女神に願う。
どれ程効果があるかは分からないが。
でも奇跡が起こるのではないかと一縷の望みをかけて。
とはいえ、現在の状況ではそんな事が起こる可能性は低い。
押し寄せた難民達の対応で役所は手がいっぱいだ。
外で何が起こっていても、そちらまで手が回らない。
応援を外部に頼むほどだ。
そんな中でフユキに出来る事など何も無い。
ユカリの考えなどをどうにか伝えるも、それを汲み取る余裕が誰にもない。
ただ、無視されてるわけではない。
邪険に扱われてるのでもない。
それはそれで重要な事だと思われてはいる。
「しかし、今この状況では……」
というのが話を聞いた者達が一様に示す態度だ。
言いたい事は分かるし、その懸念は正しかったのだと思う。
だから難民が発生するような事態になってるのだから。
しかし、思ったところでどうする事も出来ない。
対応しようにもそれだけの余裕がない。
起こってしまった事態を少しでも収拾するので精一杯だった。
更に何かが起こる可能性も考えてはいる。
しかし、そうであったとしても対策の為に動く事も出来ない。
市街で起こってる事を片付けるだけで全力を使ってしまってるのだから。
他の事にまで手を出していられない。
それがどれだけ必要な事であってもだ。
それでも全てが悪い方向に傾いてるわけではない。
こんな状況になってしまったが、その中で出来る事はしていこうという意志もある。
とりあえず、少数で町の外に出る事は減っていった。
義勇兵も商人も伝令も、可能な限り大人数での行動が基本になっていった。
数人で一組だった義勇兵は最低でも十数人で行動するようになった。
商人は隊商を組んで往来を行き来するようになった。
役所の伝令も護衛を多目につけるようになった。
とにかく被害が減るように出来る事はするようになった。
その分、動きも鈍重になってしまっているが。
ただ、後手に回ってるのは否めない。
何より、根本的な解決にはなってない。
本来やらねばならないのは、襲って来たゴブリン達の撃退である。
原因であるこれらを取り除かない限り、問題の解決にはならない。
どれだけ対策をしても、今後も何らかの被害が出るだろう。
そうさせない為には、相手をどうにかするしかない。
なのだがそれが出来ないでいる。
敵を倒そうにも兵を出せない。
出すにしても、敵がどこにいるのか分からない。
増援を呼ぼうにも伝令が届かない。
届いてるのかもしれないが、それを確認するための報せが来ない。
とにかく何も出来ない状況だった。
うすうす気づいてはいる。
自分達が孤立してる事を。
周囲から断絶させられてる事を。
それをしてる連中がいる事を。
その結果がどうなったのかも。
それが分かっていながら何も出来ないでいる。
だから不安が高まっていた。
最悪の状況なのに解消が出来ないと、人は追い込まれる。
今、市街はそういう状況だった。




