112回 手を出せる所から 3
「まず、俺達の兵力だけじゃ占領は出来ない。
人数を考えたら当然だ」
これには誰も異論は無かった。
戦闘集団として1300という数はそれなりに大きい。
しかし、占領するとなると少ない。
これだけの人数でこの地域一帯を見て回れねばならないのだ。
反乱が出ないか、不満を漏らしてる者はいないかなど。
統治に対して文句を言うような輩がいれば、それだけで綻びが生じる。
綻びは亀裂になり、亀裂は崩壊に至る。
どんな小さな事でも決して見逃してはいけない。
苛烈であっても占領においてこれは決して譲れない条件だった。
治安も保たねばならない。
反乱もそうだが犯罪も決して許してはいけない。
だが現地の人間が協力するなら良いが、なかなかそうもいかない。
犯罪対策にあたってる者達が住民と協力して蜂起する可能性もあるのだ。
占領されて素直に受け入れる者などそうはいない。
治安を保つ者達であっても、率先して反乱に荷担する可能性はある。
むしろ、内部の情報に多少なりとも接する事が出来るなら、そうしようと考えてもおかしくはない。
多少なりとも武装をしてたら更に厄介だ。
そして、犯罪取り締まりの為の武装は必要な措置でもある。
こういった事があるため治安もおいそれと現地の者に任せるわけにはいかない。
なので、どうしても占領してる者達が担う必要がある。
これに加えて現地の統治機関(政府や自治体など)の代わりもせねばならない。
どうしても必要になる官僚機構も用意しなくてはならない。
そんな事をしてる余裕は無い。
まずもってそれが出来る人材がいない。
だからユキヒコ達は占領が出来ない。
出来るのは、敵を排除する制圧だけである。
「だから占領はしない。
それは他の連中にやってもらう」
それは誰であっても良い。
欲しがってる者にくれてやればよい。
そうすれば嫌でもこの辺りに駐留する連中が出て来る。
それらが必然的に制圧地域を増やし、補給路などの確保もしてくれる。
市街への牽制にもなるだろう。
もしそこから出れば背後を突かれる。
ユキヒコ達を構ってる余裕は無くなる。
「俺達に協力してくれなくても構わない。
少なくとも敵対しなければそれでいい。
ここに居ればそれだけで助かるんだからな」
ただそこにいるだけでよい。
それだけで敵への威圧になる。
欲しいのはそれだけだ。
連携しての行動などそもそも期待していない。
「ついでに敵を倒してくれれば儲けもんだ」
もし市街を制圧するなら、それはそれで構わない。
ユキヒコ達は背後を考える事無く行動出来る。
ひたすら町や村を襲って略奪を繰り返す事が出来る。
その実入りを考えれば、占領に費やす労力などばからしくなる。
継続的な収入を得るならともかく、そんな事出来るわけがないのだから。
「手に入らないもんなんて気にする必要は無い。
そんなもの欲しい奴が持っていけばいい。
俺達はその間にもっと良い物を奪ってくればいいんだしな」
そう言われるとそうかもしれないと思えてくる。
確かにこの部隊で地域の占領は出来ない。
ならば地域を確保するだけ無駄に手間がかかる事になる。
それなら、それは他の連中にやらせてしまえば良いのだろう。
「だいたい、誰もいない畑を手にしてどうすんだ。
農民を連れてこないとどうにもならないぞ」
そう言われて居合わせた者達が「あっ」と声を出した。
確かにその通りだった。
彼らによって田畑を耕してた者達はまともに動けない状態にされている。
そして市街に送り出している。
残った町や村はもぬけの殻だ。
そんなものを手にしても、何かが手に入るというわけではない。
土地や建物を奪う事は出来るだろうが、そこから何かを得るには何ヶ月も、あるいは何年もの時間が必要になる。
そんなものをわざわざ抱えるのは大きな負担だ。
「だから、欲しい奴にくれてやろう。
俺達に必要なもんじゃないんだから」
言われて誰も納得していく。
もちろん、素直に受け入れたわけではない。
言いくるめられてる、丸め込まれてると警戒してる者もいた。
ユキヒコが都合の良いことを並べてるだけなのではないかと。
しかし、言ってる事を覆そうにも、それが出来る材料がない。
長期的に見れば占領した方が利益になるが、短期的にはユキヒコの言う通りなのだから。
なお、この場合の短期的というのは最低でも数ヶ月くらいの話ではある。
割と長い期間ではあるが、政治や軍事の観点からすると短い。
その単位で考えると、利点よりも面倒や手間の方がどうしても大きいのだ。
「だから、この辺りの占領は他の所に任せよう。
俺達が居座る理由は無い」
沈黙がその場を覆っていく。
誰もがユキヒコの言葉に納得してしまっていた。
説得されていた。
だが、それでも敢えて反論を口にする者もいる。
それは頭ごなしに否定する為ではない。
小さな部分を指摘して場をひっくり返そうという奸智でもない。
ただ、どうしても出て来る問題点の洗い出しの為の発言だった。
「だが……」
邪神官の横にいたイビルエルフが声をあげる。
「だが、もし取り返されたらどうする?」
その疑問に居合わせた者達が思い返す。
それもそうだと。
他の部隊に渡すのは良い。
だが、そこに敵が押し寄せて取り返されたらどうするのか?
それは確かに問題ではあった。




