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11回 襲撃────決断できなかった事が最悪の事態に陥る原因になっていく

 拠点の首脳部が悩んでる頃。

 下っ端の義勇兵や一般職の者達も考え込んでいた。

 このままここに居てもどうしようもない。

 しかし、逃げ出すわけにもいかない。

 そんな事をすれば、脱走・逃亡で処刑対象になる。

 それは避けたいと思う者がほとんどだった。



 だが、時間の経過と共に、この考えも変わっていく。

 食料などが底をつきそうになり、いよいよ命の危険が現実になっていく。

 それを避ける為にどうしようかと考えていく。

 脱走などはその為の手段の一つだ。

 処刑対象になっても逃げ続ければどうにかなる…………そう考えての事だった。



 だが、脱走したとて、それが最善というわけでもない。

 外にはゴブリンがいて、それらが拠点を監視している。

 また、脱走者をとらえるべく、あちこちに罠が仕掛けられている。

 脱走者のほとんどはそれらに捕らえられていった。



 ゴブリンからすれば、こうした脱走者も脅威である。

 もしそいつらが敵の町にたどり着いたら面倒な事になる。

 事態が露見し、何らかの対応をとらてしまう。

 そうなったら拠点攻略どころではない。

 なので、脱走者はゴブリン達によってほぼ確実に見つけられていく。

 待ってるのは、そんなゴブリン達との戦闘。

 あるいは、仕掛けられた罠による負傷などだ。

 どのみち、生き残る事が出来た者は一人もいない。



 そこまで決断が出来ないまま、ずるずると拠点に居残った者もいる。

 ある意味、賢いと言えるのかもしれない。

 下手に動かずにいたから、外に出て死ぬこともないのだから。

 だが、そういう者達でもさすがに現実と対面しなくてはならなくなる。

 もう食い物がないのだ。

 このままでは飢え死にしてしまう。



 だんだんと飢えていく者達は、当然ながら体力を落としていく。

 頭もろくに動かない。

 そのままでは確実に死ぬ。

 だが、逃げるほどの度胸もない。



 そうした者達は時間と共に体が動かなくなる。

 そのせいで逃亡する事すら出来なくなり、その場に倒れ伏していく。

 やがて少しでも消耗を減らす為に、寝そべったまま動かなくなる。

 少しでも動けば目眩がするのだ。

 何もしないでいるのが一番になっていく。



 時間が経つにつれ、こうした者達が増えていった。

 そうして何もしない、何も出来ないままに衰え、死を迎えようとしていく。

 だが、そうなっていく中で何かが壊れた者が出てくる。

 命の極限、死の間際。

 そうなった人間に、理性や社会性など存在しない。

 あるのは、生きていたいという純粋な想いだけだ。



 そんな者達が増えていく中で、ある者が行動を開始していく。

 ふらふらになった体を無理矢理動かし、馬小屋へと向かっていく。

 そいつは、まだ飼い葉を与えられて元気な馬に、自分の武器を突き刺していく。

 つながれた馬は抵抗する事も出来ずに絶命していく。

 そうして彼らは、しばらくぶりの食料を手に入れる事になった。

 騎乗用や荷馬車用の馬を喪失することと引き換えに。



 拠点の首脳陣がその事を知ったのは、全てが終わってからだった。

 馬が全て食われて無くなったと聞いて、最初は呆然とした。

 そして、気を取りなおすとそれをやった者達を捕らえるように命じた。

 しかし、命令が遂行される事は無かった。



 食う物を食って体力を取り戻した者を捕まえるほどの余力がある者はいない。

 そもそも、拠点に残った者達の大半が、もう後戻り出来ない所にいた。

 このままならば、飢え死にするか、無断で馬を殺した罪で投獄は避けられない。

 だったら、やる事は一つである。

 まともに動ける義勇兵は、拠点首脳部に向かって切り込んでいった。



 予想外の出来事に、驚いたのは首脳陣だった。

 彼等は義勇兵の反乱など全く想像もしてなかった。

 それだけ命令する事になれていた。

 上下関係が絶対だと思っていた。

 そういう階層出身者がほとんどだった。



 拠点の首脳陣はほとんどが貴族である。

 戦力の主力が義勇兵であっても、それを統括するのは国の仕事だからだ。

 なので、指揮官などは貴族出身者で固められている。

 だから考えが及ばなかった。

 追い詰められた者達が何をするのかを。

 そして、支配体制や権力というのも、単なる力に過ぎない事を。



 それらはより大きな力で覆される。

 大きく人数を減らしたとはいえ、まだ首脳陣より義勇兵達の方が多い。

 そんな義勇兵達が一斉に行動を起こしたら、首脳陣もひとたまりもない。

 彼等はその事に思い至る事がなかった。



「やめろ!」

 襲いかかる者達に向かって叫ぶ。

 だが、従う者はいない。

 それどころか、先ほどまで配下だった義勇兵達は、容赦なく首脳陣に襲いかかる。

 やめろと叫んだ者にも例外なく。

 次々に倒されていく首脳陣の中に、その者も加わっていった。



「やめなさい」

 拠点に設置された小さな教会の神官がたしなめる。

「このような愚かな行いは許されません。

 我らの女神も嘆き悲しまれる事でしょう」

 それを聞いた者達の動きが一旦止まる。

「今は確かに苦しい時です。

 ですが、このような時こそ、愚かな考えに流されてはなりません」

 そう叫ぶ神官に一人の義勇兵が向かっていく。

 目つきは鋭く、神官をとらえている。

 そんな義勇兵に気づいた神官は、

「止まりなさい」

と制止の声をあげる。

 だが、義勇兵はそんなものを無視した。

 そして、

「…………ぎゃああああ!」

 手にした刀剣を振りおろし、神官に悲鳴を上げさせた。



 そのまま血をしぶかせながら地面に倒れる神官。

 見下ろす義勇兵は倒れた神官に、

「うるせえ」

と侮蔑の言葉をなげかけた。

「それより食い物を出せ」

 その言葉は周りにいた者達の耳と心を打った。

 確かにその通りだと思いながら。



 この神官の言ってる事はもっともなのだろう。

 女神イエルに逆らうのも憚られる。

 だが、それに従ったところで、今の状況を変えるわけではない。

 祈れば食料でも出てくるならともかく。

 そうではなく、神官はただひたすら堪えろと言っている。

 苦しみを除くわけでもなく。

 ただ女神の言葉をのたまうだけだった。



 そんなものより食い物が必要なのに。

 教義や戒律に従って死ぬより、生きる事が大事なのに。

 義勇兵達はさすがにここで考えた。

 女神への崇拝という、子供の頃から慣れ親しんだもの。

 しかし、それはそれほど大事なものなのだろうかと。



 現実にある問題を何一つ解決してくれない。

 それなのに無理しての我慢を強いてくる。

 苦しい思いをしろと居てくる。

 そんな女神の言葉に従う必要があるのか?。

 その場に居た誰もが考えた。

 それよりも、生きる事が先だと。



 それはこの世界においてはまずお目にかかれない光景だった。

 女神への崇拝は一般常識として滲透している。

 それこそ、当たり前以前の話である。

 生活や日常の土台となっている程だ。

 その神官と言えば、身近に存在する権威そのものだった。

 権力こそないが民衆への影響力という点では王権すらしのぐ。

 そんな存在への背信や暴虐などあってはならない事となっている。



 教育がさほど普及してないこの世界においてはなおのこと。

 読み書きや計算は出来ても、社会のあり方とか人の生き方などについては学ぶ機会が無い世界である。

 そういった部分を担ってる────牛耳ってると言ってもよい教会に逆らう事など考えもしない。

 この世界に人間にとってそれは、宇宙の法則を覆すほどの重大事に等しい。

 しかし、生死の限界に追い込まれた者達には関係がない。

 崇拝によって作られた心の枷を破壊してしまう者も出てくる。



 綺麗事など言ってられない。

 生命の危機にさしかかってるのだ。

 そんあ状況に追い込まれれば、生存本能が頭をもたげてくる。

 やがて寿命を迎えるまで生きていたい…………生命が持つ当然の欲求に立ち返っていく。



 そんな者にとって、宗教の戒律や教義など取るに足らないものである。

 所詮は後付の智慧でしかないそれらが、生存本能を押さえ込めるわけもない。

 それでも宗教に従う者もいるが、それが全てという事は絶対にない。

 様々な制約や道義などよりも、生き延びる事を求める者は確実に存在する。

 そんな者達が、今回浮き彫りになっていった。



 生き延びるのに不要な情報。

 生きていくのに邪魔な知識。

 自分の行動を束縛する戒律。

 それをかなぐり捨てる。



 命令に従い、女神に従い、それでこの場に留まり続けてどうするのか?

 命を失う危険があるのに、なんでここにいなくてはならないのか?

 そんな思いと、そこから導き出される答えが、彼等を動かしていった。

 神官を殺したのも、その一環である。



(逃げなくちゃ)

 言ってしまえばそれだけである。

 ただそれだけの為である。

 生き延びるために、危険なこの場から逃げ出さねばならない。

 ただそれだけの為に、邪魔になる障害を排除していく。

 この時、それがたまたま神官だったというだけである。



 それは、いつまでも撤退命令を出さない拠点の首脳陣にも向かっていった。

 義勇兵達にとって、それはもう従うべき対象などではない。

 こんな所に縛り付け、自分たちを危機にさらしている連中だ。

 邪魔以外のなにものでもない。

 それなら、少しでも早く排除せねばならぬと考える。

 既に大分遅れはしたが、まだ取り返しがつく今のうちにと思い至り。

 自分が死んでしまう前に、危険なこの場から逃げだそうと。

 その為に義勇兵は動いていく。



 だが、そんな者達に反する者もまた存在する。

 例えそれが己の命を損なうものだとしても、命令や教えに従う者もいる。

 愚直なまでに指示に従ってしまう者もいる。

 その一念が危機を打破する事もあるだろう。

 求め続けて進んだ先に答えがある場合もある。

 一概にこういった態度を否定するわけにはいかない。

 しかし、今回は状況が悪すぎた。



「なにをしてる!」

 拠点の首脳陣を斬り殺した者達を見て、その者は手にした得物を振りかざした。

 白刃をひらめかするその刀剣は、首脳陣を襲った者達に振りおろされた。

 首脳陣から解放され、ここから逃げだそうと思っていた者は、あと少しという所で命を失った。

 そして、斬りかかった者も、周りにいた者達に切り捨てられて命を失った。



「この罰当たり者が!」

 神官を斬り殺した者に襲いかかる者達がいた。

 彼等は義勇兵ではない。

 この拠点に住み込みで働いてる一般職の者達だ。

 身を守るために最低限の戦闘訓練は受けてるが、戦闘経験はない。

 戦えば義勇兵に負けるのは目に見えている。

 だが、そんな彼等も従うべき神官を殺されるのを見て黙ってはいられない。

 勝ち負けとか、生き死にとかを全く考えずに義勇兵に襲いかかる。

 一人二人ではない、何人もが。



 その何人かは義勇兵に切り倒されていく。

 そこはさすがに戦闘能力の差が大きい。

 しかし、複数に一度に襲いかかられてしまっては対応しきれない。

 周囲を囲む作業員達に捕まり、動きを封じられ、叩きのめされていく。

 最後は、手にした刀剣を奪われ、脳天を粉砕された。



 こうして拠点内の生き残りは、自分達の手で人数を減らしていった。

 外部の敵から襲われるよりも先にだ。

 義勇兵も作業員も減り、司令部も壊滅した。

 既に低下していた拠点の機能は、この瞬間に確実に崩壊した。

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