109回 町の中では 6
「問題なのは、人数が一気に増える事。
だから対処が出来なくなる。
そうなる前に、流れ込んで来た連中を他所に送るしかない。
そうすりゃ、一気に欠乏するなんて事はなかっただろうな」
なんだかんだで問題なのは、元の人口の半分以上の人間が押し寄せてきたこと。
それらへの対処におわれてしまったこと。
「できる訳ないんだよ、そんなのが来たら」
そこですっぱりと諦める事が出来れば、市街が今のような混乱に陥る事はなかっただろう。
今更言ってもどうしようもない事であるが。
「町の外れだけど居場所を作ったのがまずかったんだろうな」
一端腰を落ち着けたら、人間はなかなかそこから離れようとしない。
居住出来る場所というのはそれだけ人が求めてしまうのだろう。
野外で寝起きするよりはマシなのだから当然ではある。
「そんなもの作る前にさっさと他所に移動させれば、あんまり文句も出なかったんじゃないかな」
町や村から流れてきた直後ならば、食料を少しくらい与えて他所に流す事も出来たかもしれない。
町に居場所を作る前だったらどうにかなっただろう。
しかし、それはもうどうにもならない。
難民達の居場所は、もう町にあるのだ。
そこから動かすのは至難の業だ。
「教会もあるしな」
「魔女の教えか?」
「ああ。
そんなふざけたもんを吹聴してる連中だ」
唾棄するかのようにユキヒコは吐き出した。
決して強くはない、しかし軽蔑と侮蔑、冷ややかな声音をグゴガ・ルは感じた。
それだけユキヒコが教会に憤りを抱いてるのだろうという事は察する事が出来た。
「奴らは教えに従って行動する。
その教えの中に、信者を見捨てるなんてのは無い」
「そうなのか?」
「多分な。
俺が聞いたありがたくもない説教ではそんな事言ってたし。
『共に手をとり助け合っていきましょう』だったかな?
似非坊主どもが何度も言ってたよ」
その言葉通りならば、難民を見捨てる事は無い。
教会の教義に反する事になるからだ。
教典に従ってる、それをよりどころにしている教会からすれば、それは自殺行為である。
自分達の寄って立つものを自ら否定する事になるのだから。
「だから教会は絶対に見捨てられないだろうさ。
まあ、連中は口八丁手八丁で丸め込むから何とも言えないけど」
「というと?」
「騙すんだよ、適当な事を言ってな」
「そんな事をするのか?」
「するさ。
そうやって普段言ってる事と反対の事を平気でやる」
何度かそういう場面に遭遇した事がある。
それはたいてい神官達の都合に合わせて行われる事だった。
あるいは教会という組織・集団の意向に沿って教えをねじ曲げる。
教えを利用している。
「奴らにとって女神の教えなんてのはねじ曲げて使える道具だ。
そして、女神とかいう奴は、そんな不信心者に天罰を与えたりはしない。
悪事をしっかりと認めてるって事だ」
もし本当に教えをしっかり守るよう厳命してるなら、こんな事を放置する事はないだろう。
それをしないでいるなら、女神は背信行為を黙認してる事になる。
「そうなると、教えなんて律儀に守る必要がなくなるんだけどな」
勝手にねじ曲げて良いなら、教えに従う必要は無い。
その時の都合に合わせて適当にやってればよい。
「もっとも、さすがに今回はそうもいかなかったみたいだけど」
発生する揉め事を抑え込もうと、神官達も動いていた。
いつも通りに教えを利用に、相手を丸め込もうとしていた。
しかし、今回の場合それは何の効果もなかった。
それどころか説得に向かった神官は軒並み叩きのめされた。
殺された者もいる。
「生きるか死ぬかって所に立ってる連中が、くだらないお説教なんか聞くわけないわな。
そんな事すりゃ、自分のやってる事を邪魔する奴と思われるわな。
腹が減って殺気立ってる奴からすりゃ、殺してもあきたらないだろうよ」
それは被害に遭った仲間や知人を持つ者も同じである。
情を持ってる人間ならば、仲間がやられて黙ってる事は無い。
例え情がない人間であっても、同じ立場の者がやられれば警戒はする。
次は自分が被害にあうかもしれないと。
そうなれば警戒を抱くのは当然の反応だ。
我が身に危険が及ぶ前に脅威を排除しようとする。
それは、排除する対象を擁護する者も含まれる。
「馬鹿だね。
綺麗事なんかほざかず、現実だけ見てればいいのに」
そうとしか思えなかった。
まだ頭が働いてるうちならば、教会の連中の口車も機能しただろう。
しかし、もうそんな段階はとっくに過ぎている。
生きるか死ぬかの境界線の上にいる時に、絵空事の教義になんの意味があるのか。
そんなもの邪魔にしかならない。
教えに殉じる神官ならそれでも良いだろう。
しかしそれは、普通に生きてる多くの者達とは相容れない。
普通に生きてる者達には、教えに従って死ぬよりも、どれ程汚くても生きる事が優先される。
その為に便利ならば、教会の教えや様々な思想や主義主張も取り入れるというだけだ。
教えが第一になる事などありえない。
それらが『生きる』という事を土台にしてるならともかく。
「そんな連中が外に出ることもなく一緒にいるんだ。
罵りあい、殴り合いになるだろうさ。
殺し合いだってやるよ」
「なるほど……」
話を聞いてたグゴガ・ルは何となく分かってきた。
ユキヒコの言ってる事の全てが分かったわけではない。
全部はさすがにおぼえきれない。
だが、何となく理解出来る部分もあった。
ゴブリン同士でよくある諍いなどと共通する部分もあるからだ。
「あれか、取り分争いみたいなものか」
「……まあ、そうなるかな」
言われたユキヒコも頷く。
確かにそれに似ている。
手持ちにあるものの取り分で揉めるというのは。
「結局、俺達もゴブリンもそんな変わらないんだろうな」
「なるほど」
言われてグゴガ・ルは納得した。
「けど、よくそんな事が分かるな」
「まあね」
感心するグゴガ・ルにユキヒコは自信をもって答える。
「俺がその一人だからな」
「ん?」
「無理を押しつけられて腹がたった。
だからこっち側にいる」
かつて大事なものを奪われた。
それを受け入れるよう強要された。
だが納得出来ずにいた。
結局全てが手遅れになっていて、どうにもならなくなった。
それが許せなくて裏切った。
いや、先に裏切られたから報復したというべきか。
「だから、連中にも同じような目にあってもらいたかった。
どんな風になるのかなって」
「それでこうなったと?」
「そうだな。
とりあえずの答えは出たかな?
でも────」
それでもまだ結果が完全に出たわけではない。
もう少し状況を進めて、全てが終了する瞬間を見極めねばならない。
「────まだまだ終わらないよ」
そう言ってユキヒコはここではない場所を見つめた。
自分に備わった能力を用いて。
それを見るグゴガ・ルは、ユキヒコを不思議なもののように見つめた。
自分を超えた大きな何かのように。
恐怖や不安があるわけではない。
だが、畏怖のような気持ちを抱いた。
自分にはない何かをもってる頼れる存在として。




