1回 裏切り────見切りを付ける、何のためにこんな事をやってるのか分からないので
「来たぞ。
ゴブリンだ」
偵察から戻ってきた社ユキヒコが仲間に声をかける。
待機していた四人の義勇兵は、一気に緊張を高めた。
無理もない、これが初陣になるのだから。
そんな新米の引率も兼ねて彼らに同行してきたユキヒコは、
「そう固くなるな」
と声をかける。
「油断しなければ大丈夫だ。
いつもの訓練通りにやれ。
それで上手くいく」
新米達はそれでも緊張をほどけない。
しかし、幾分気は楽になったようだ。
少しだけ力が抜けた様子を見せていく。
今、ユキヒコ達5人は、敵地まで足を運んでの哨戒をしていた。
前線からは少し下がったこの地域。
敵の姿はかなり少なくなったが、それでも時折姿を見せる。
そういった敵が出てくるかどうかを探りながらの偵察。
運が悪ければ、遭遇戦という事もありえる。
幸か不幸か、この時のユキヒコ達は敵に遭遇してしまった。
もとより足跡などが見つかっていた地域である。
そうなる可能性はあった。
だが、本当にそうなるとは思ってなかった。
ユキヒコが同行していたのは、こうした事態に備えてである。
敵に出会っても対処出来るように。
新人が無駄死にしないように。
可能ならば、敵を撃退出来るように。
新米が経験を積む前に死んでは大損害になるからだ。
そこはわきまえたもので、ユキヒコも指示を出していく。
引率の立場なので、新米義勇兵に極力考えたり行動させたりしてるが。
こうした事態ならば話は別だ。
新人がいきなりの戦闘で的確に動ける可能性は低い。
それならば、まずは手本を先輩が示した方がいい。
「敵は前から目星をつけていた巡回路に沿ってるようだ。
だから、この先で待ち伏せする。
もう少し進んだところに、襲撃におあつらえ向きなところがある。
そこまで移動するぞ」
四人の新米は、黙って頷いた。
そうして森の中を、極力音を立てないように動いていく。
完全な無音はさすがに不可能だが、それでも彼らの動きは静かなものだった。
そうして到着した襲撃予定地点で、ユキヒコはこの先の展開を伝えていく。
「まず、前衛の二人。
お前らが奴らの前に出て、進路を遮れ。
それから俺が連中の後ろから襲いかかる」
戦闘担当の二人が頷く。
「弓持ちのお前は、後衛で援護。
逃げようとする奴を狙え。
間違っても、接近戦に入った俺たちを射るなよ」
後衛の射撃要員も頷く。
「それと、偵察役のお前。
お前は周囲の警戒。
他に接近してくる奴がいるかどうか見ていろ。
何か来たら大声でしらせろ。
遠慮はするな」
唯一の女である偵察・斥候である義勇兵が頷いた。
「それじゃゴブリンが迫ってくるまで待機だ。
静かにな。
俺たちの目の前まで来たら、行くぞ。
前衛二人は、背中を叩くから、それを合図にして走れ」
作戦指示はこれで終わった。
あとは実際に動くだけである。
引率のユキヒコと新米義勇兵4人。
彼らはこうして草むらの中に身を隠していった。
ゴブリンが通る予定の道を見おろせる位置で。
そこは、盛り上がった地面で先が見通せなくなっている。
その地形を利用しての待ち伏せだった。
そうして待ってる間に、ユキヒコは腰の刀に手をかける。
いつでも抜けるように。
鯉口を切って手をかけておく。
そうしながら待っていた。
ゴブリンを…………ではなく。
周りにいる四人の新米を片付ける瞬間を。
やがて、草をかき分ける音が耳に入ってくるようになった。
雑な動きをするゴブリンらしいとユキヒコは思った。
おかげで、丁度良い瞬間をはかりやすくなった。
そんな草の音から、相手の位置をはかる。
そして、行動にうつす。
(さてと)
そろそろいいかな、そう思った。
ユキヒコは躊躇う事無く刀を抜いた。
義勇兵になってから磨いた、そして戦場で振るい続けた抜刀術だ。
それによって刀は瞬時に鞘から抜かれる。
何一つ狂いをみせる事無く引き抜かれた刃。
それは、すぐ後ろにいる味方に向かった。
抜く手も見せないその一撃は、そこに立っていた後衛の喉を裂く。
狙い通りに切っ先は、今までそうであったように目標を切り裂いた。
ヒュー、と喉笛が鳴る。
その音が響く前に今度は前衛に向かう。
背中を見せていた仲間はすぐに対応が出来ない。
まだ背中を見せてる相手の足を切っていく。
致命傷にはならない。
しかし、動きを封じるには十分な一撃だ。
それで今は十分だった。
更にもう一人、前衛にいた者も同じように足を切る。
ユキヒコの動きに気づき、振り返ろうとしていたところ狙い。
そういう動きが気配として伝わってくる。
その気配を感じ、そして目で見ながら動きを読んでいく。
それは、ユキヒコが生まれながらに持ってる能力だった。
相手の気配、あるいは気というのがなぜか分かる。
その動きを、流れを目で見て、耳で聞いて、肌で感じて。
時には匂いとして感じることもある。
この能力があるから、子供の頃から勘のよい子と言われてきた。
その力は、義勇兵として戦ってる今、かなり役立っていた。
味方を襲うこの瞬間でも。
まだ何が起こってるのか分かってなかった前衛の一人。
そいつは、呆気なく移動手段を失う。
自分の動きに合わせるように移動してきて、死角に入ってくるユキヒコによって。
これで合計三人が戦闘不能になった。
残るは一人。
前衛最後の一人。
さすがにこの段階になれば、そいつも後ろで起こってる異常に気づく。
振り向いて何が起こってるのか確かめようとしていた。
その目は、後ろで起こっていた凶行を確かに目にとらえる。
しかし、それだけだ。
何が起こってるのかがわかっても、体がすぐに動くわけではない。
そこまでの能力も無かったし、経験もなかった。
今日が始めての出撃だった四人。
事前に訓練を受け、引率されて戦場に出向いたこともある。
とはいえ、そのほとんどが巡回のようなもので危険度は低い任務だった。
本格的な任務は今日が最初である。
だからこそ、指導者として熟練の義勇兵であるユキヒコがついてきていた。
その熟練者に襲われたのだ。
何が起こってるのか分かっても、対処できるわけがない。
残り一人となった義勇兵に、ユキヒコは一気に迫っていった。
体がすくんで動かない残った一人。
そいつに掴みかかると、体を密着させるくらいに接近する。
そして、掴んだ手で体を固定し、足を上げて踏みおろす。
狙うのは相手の足。
足首を狙って叩き下ろされたそれは、相手に外傷を与える事無く行動不能にした。
「うあっ……!」
悲鳴をあげて、残った一人はその場に膝をついていく。
これで五人で構成されていた義勇兵の小部隊(班と呼ばれる)は壊滅した。
喉笛を切られた後衛の弓兵は、呼吸が出来ない苦しみの中で死に向かっている。
足を切られた二人と、足を踏み砕かれた一人はまだ生きてる。
だが、まともに動けない状態ではどうしようもない。
それでも一人は立ち向かおうと刀剣を構える。
なかなかの胆力というべきだろう。
素質や素養があるかどうかは分からないが、このまま成長していけばなかなか良い戦士になったかもしれない。
しかし、そんな未来はもう彼にはない。
構えた刀剣は横にはじかれ、接近したユキヒコに喉を切られていく。
足を切られたもう一人は、そこまでの気概は持ってなかったようだ。
血を流す足を引きずってその場から逃げようとする。
しかし、まともに走れもしない状態だ。
逃げることなど出来るわけもない。
その背中を貫かれ、絶命していく。
胸当て、あるいは胴丸と呼ばれる、前面だけを守る鎧のせいで、背中はがら空きだ。
そこを狙われてはひとたまりもない。
最後の一人、足を踏みつけられただけの義勇兵も同じだ。
逃げようとしたがそれも叶わず、ユキヒコに捕らえられていく。
「ひいっ!」
悲鳴をあげるのがせいぜいだった。
そのまま武器を取り上げられ、体を戒められていく。
格闘術の要領で地面に倒され、腕をねじり上げられる。
抵抗しようとするが、痛みでそれもままならない。
そうするうちに手首が縛られる。
それほどしっかりとしたものではないが、すぐに解けるようなものではない。
なんとかもがくが、その間にもユキヒコによって更に戒めが施されていく。
手首を縛り上げたユキヒコは、すぐにそいつの身に付けてる革上着のボタンを切り落としていく。
防具としては少々頼りないが、動きを阻害しないそれは、簡単に脱がすことが出来る。
袖の無い形式のそれは、簡単にめくる事が出来た。
そして、腕のほうに通され腕を戒める一助にしていく。
それだけでは終わらず、革上着の下にあった衣服も切り裂かれていく。
容易く切断できた衣服の下から、意外と大きなふくらみがあらわれる。
「ひゃあ!」
羞恥心をおぼえる新米の義勇兵。
その腕に切り裂いた衣服をずらし、腕を更に縛り上げていく。
そして、半ズボンのベルトを切って、足のほうも戒めていく。
これで生き残った唯一の義勇兵であり、唯一の女だった者は身動きがとれなくなった。
「よしよし」
手際よくそれらの作業を終えたユキヒコは、ようやく顔をあげる。
その先には、この場にいるもう一つの小集団に向けられる。
本来ならば、ユキヒコ達が襲いかかるはずだった相手。
彼らが魔族と呼ぶ者達の一員。
「待たせたな、ゴブリン」
そう呼ばれる、人間族とは別種の人型種族。
人間の子供ほどの大きさの異種族に声をかけた。