パワースポット
ジャンが彼女の名を告げると辺りは一層静けさを増した。
「翆は全国各地の高エントロピー区域"パワースポット"に蓄積した塵を収集して回っているらしい」
いったい翆の目的は何なのか気になる。
「パワースポットは人々が思念することで神経を通じて生じる生体電気エネルギーが空間中の塵などと結びつき長い年月を経て蓄積することで形成されていく。パワースポット毎に成り立ちも違うからそこに蓄積する塵も様々だ。種類によっては強力なエネルギーを秘めているものもある。別の業界じゃそれを魔力などと呼ぶようだ」
「なんて???」
私はジャンの摩訶不思議な説明については話半分に聞いていた。この世に魔力なんてファンタジーじみた代物があるわけ無い。しかしながら、現に喋る猫はここに存在している。なんだか頭がパンクしそうだ…私は道中で購入したアクエリアスを飲んで糖分を補給し一息ついた。
日が沈み空が紫色になり始めたころ、目的地である寒河神社が見えてきた。「やっと着いたわね。」そう言いかけたとき、ジャンがルンバから飛び降り鳥居の方へ駆けていった。
「何かいる」
私はジャンの後に続き石段を駆け上がった。しかしながら、そこには誰も居なかった。
「何よ。誰もいないじゃない。」
「おかしいな。確かに気配を感じたんだが。」
ジャンはそれでも警戒を解かず神経を研ぎ澄ましている様子である。私にも何か嫌な空気が漂っているという感じはしていた。落ち着かない。
私は地面に落ちていた箒をおもむろに拾い上げようとした。しかしその刹那謎の青い閃光が走った。
「!?」
閃光は凄まじい速さで境内の方から私目掛けて飛んできた。避けることはできない。直撃すれば恐らくタダでは済まないだろう。私は覚悟した。その瞬間、目で追いきれない程の俊敏さで円盤が宙を舞い閃光へぶつかり鈍い音が響き渡った。
「おっとっと。ありがとよ相棒。」
一瞬なにが起こったのかわからなかったが、ジャンのルンバが守ってくれたらしい。
「そこに隠れてるんだろう?誰だいレディに悪さする乱暴者は。」
ジャンがそう言い放つと物陰が揺らめいた。
「そこか」
ルンバがまたも空を舞うと通気口から旋風を放った。
「え、うそでしょ?!」小さなルンバから放たれその旋風は木々をなぎ倒した。凄い威力に私はたじろいだ。
「チッ、手応えなしか。」
どうやら逃したらしい。
「お嬢さんはそこで待ってな。俺は奴を追う。」
「ちょっと待ちなさい!」
問いかけも虚しく私を置いて境内の方へ行ってしまった。不味い。
辺りはすっかり暗くなってしまった。視界が悪い。
「これってヤバくない?」
兎に角この空間から離れなければならない。そうしないと死ぬ。私は駆け出した。しかし背後から殺気が迫る。
「逃げても無駄…」
振り向くとそこには不気味な黒装束を身に纏う童女がいた。
「あなた誰」
「知る必要ない…」
その童女は容赦なくその手に持つドライヤー?のような武具の銃口を私へ向けた。青い閃光が明滅し始めた。
「終わり…」
ジャンは居ない。恐らく今度こそ駄目だろう。しかしながら、やり残したことが多すぎる。結婚もしてないし、猫も飼えなかった。物理だって苦手なままだ。人生の呆気なさに恐怖した。思えば私って今まで何も成し遂げて居ないじゃないか。やり直したいと心の底から強く願った。しかし、もう遅い。
「悔しい…誰か助けて…」私はただ願った。
「待ちなさーーーーーーーーーーーい!!!」
「え?!」
金切声と集塵機の爆音とともに天空から光が差した。