塵コレクター
寒河神社は1000年以上前に建立した歴史ある神社で戦国時代には武田信玄が安全祈願に兜を奉納したとか言う伝説もあった。有名な神社で地元は寂れていたが初詣には数万人の参拝者が訪れ賑わう。しかしながら、今は夏の夕暮れ時。人気はない。ジャンと私はひぐらしのこだまする林道を境内に向かい歩んでいた。
疲労困ぱいの私とは裏腹にジャンは相変わらず愛用のルンバに跨り悠々と進んでいる。私は何故ルンバに乗っているのかを問うたが「楽だから」と返してくるだけである。確かに楽そうだが私が求めている答えはそんなことではない。そもそもルンバは乗り物ではないし、ましてや猫が操縦なんてできないはずだ。と言うかルンバって操縦できるのか?それになぜ猫がしゃべれるのか?どういう目的であの女を探しているのか?…思考の迷路に陥っていた。
「ジャン貴方ってなにもの?」
私は恐る恐る聞いた。
「話せば長くなるが、おしゃべりはレディに失礼だろ?」
いやいやはぐらかさないで教えてよ…私はジト目でジャンを睨みつけた。するとやれやれというような仕草をして語り始めた。
「お嬢さんはエントロピーって知ってるか?」
知らないが。私は難しい顔をしていたがジャンは続けた。
「エントロピーは空間中の散らかり具合のことだ。同じ空間でエントロピーが高ければその空間は散らかっているし、小さければ整っている。エントロピーが高い空間はエネルギーがあちこち散発してる状態で、上手く説明出来ないが、例えるならレーシングゲームの速度アップ区間のような場所だと思ってもらえれば良い。まあゲーム見たいな生易しいもんじゃ無く、その空間に入った人間は自我を制御出来ず暴走を起こすだけだけどな。暴走にも色々なケースがあるが、だいたいは極端な現象を起こして空間中のエントロピーを発散させることが多い。人を襲ったりとか好きな子に告白したりとかな。」
ジャンが何か電波なことを言っているが要はエントロピーが高い空間は危ないということはわかった。
しかしそれとジャンに何の関係がある?
「高すぎるエントロピーを持つ空間は危険だから近づかない方が身のためだ。しかしそのまま放って置くのはリスクがある。そこで散らかった空間の掃除をする奴が必要なわけよ。それがオレってことだ。」
ジャンはドヤ顔だった。私は今の話を1ミリも信じていなかったが、そこは置いといてあえて聞いてみた。
「掃除ってどうするのよ。まさかそのルンバで散らかった空間を掃除するとかいうんじゃないでしょうね」
ジャンは「その通り」と言わんばかりに頷いた。そんなことをしてジャンに何のメリットがあるのか。
「もちろんボランティアでやってる訳じゃないぜ。掃除で回収した塵<ダスト>が目的だ。」ジャンは髭をくしゅくしゅとしながら言った。
「高エントロピー空間の塵は大きな生体電気を蓄えていることが多いし、その手の業界では高値で取引されるのさ。」
何だ金かと私は少しがっかりした。
「しかしまあそんなゴミをお金を払ってまで欲しがるとは可笑しな人も居たものね」私は鼻で笑った。するとジャンはこちらを向きその名を言い放った。
「その可笑しな人っていうのが俺が今探している顧客の塵コレクター翆さ。」