私はアクエリアス派
私は基本的に可愛いものとか少女漫画が好きな普通の女子高生なのだが、訳あってそれを周りの人に悟られないように生きてきた。それでも映画とかドラマのラブシーンを見ると胸が高鳴る。自分もいつか大好きな人とこんな感動的なファーストキスをするんだと心に決めていた。しかしながら、その願いは今朝儚くも消えたのである。彼女の唇によって。
彼女の唇はシュークリームのようにふわふわで甘かった。まつ毛は長くとても綺麗な目をしていた。そんな風に感じていた最中、口の中にぬるりと何か入ってきた。
「(うそっ!?)」。
彼女が口に含んでいたポカリを私にうつしてきたのである。私は何が何だか理解できないまま驚いた拍子にそのポカリを飲み干してしまった。ドキドキもしていたが本当に怖かった。見知らぬ同性にポカリを口移しされたら誰だってそう感じるだろう。私は最後の力を振り絞って彼女から脱出するとその場を全速力で立ち去った。
テストは散々だった。眠気は全くなかったが徹夜して覚えたはずの公式は思い出せず、簡単な手計算もまともにできない状態だった。頭の中はあの女の顔と唇の感触、それとポカリスエットの甘味である。何とかあの出来事を忘れようと休み時間に大好きなアクエリアスを飲み干そうと考えたがポカリスエットが頭をよぎるとそんな気にもならなかった。
「追試だろうな」とか暗く呟きながらクラスに戻りホームルームを終えると敗残兵のように帰宅した。
下校時は念のためいつもとは違う道で帰ることにした。私は帰り道ではその日の出来事とか頭に浮かべながらああするべきだったとか自分に非のあった点について1人反省会をするのが日課だった。今日の議題はもちろんあの出来事である。それにしてもあの女は、何か意味不明なことを口ずさんでいたのが気になった。航行時間とか言っていたがあれは何だろう。それに何で空から掃除機が降ってくるんだ?まさか掃除機に跨って空でも飛んでたのか?ないない。何を考えているんだ私は。テスト勉強の疲労と奇妙奇天烈な出来事のせいで頭がショート仕掛けているに違いない。早く返って寝よう。と心に決めて帰路を急いだ。すると何処からか声が聞こえてきたのである。
「そこのお嬢さんどうしたんだい浮かない顔をして」
何だ何だと振り向いたがそこには誰もいなかった。確かに中年くらいの男性の声が聞こえたのだが。いかんいかん、疲労が最高潮に達して遂には幻聴も聞こえ始めたか。早いとこ家に帰ってベッドにダイブしよう。と再び歩き始めようとした。
「やれやれ最近の娘は冷たいなあ。人がせっかく心配してやってるのに」
やはり幻聴ではなくはっきりと声が聞こえてくる。私は恐る恐る声のした方向に視線を落とした。するとそこにはオッドアイの黒猫がルンバに鎮座していたのである。