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4昔――記憶

第四話です。過去話です。

「……お前がロシーディアか」


 冷たい蒼い瞳。金髪碧眼のその人は、婚約者の兄だった。


「おはつに、おめもじ、つかまつります」


 辿々しくも教え込まれた言葉と礼をして見せれば、瞳の冷たさが幾分か和らいだように見えた。


 本当は優しい人なのかも、と幼いロシーディアは思う。


 *


 日に触れるとその髪はキラキラと輝いていて、ロシーディアはしゃがみこんでいるのはてっきり婚約者の兄かと思った。


「おいで」


 しかし、柔らかい声で、周りを飛び回る光の粒に呼びかける彼は、似ているだけの違う誰かだ。ロシーディアはぴんとくるものがあって、彼に挨拶でもしようかと思ったけれど。


 城の片隅、庭園の草花に埋もれるように妖精と戯れるひどく綺麗な青が、曇るのが嫌で。


 彼が立ち去るまで、遠くから少女は一人立ち尽くしていた。


 *


 婚約者は顔を顰めて黙り込んでいた。しかしそれでも、いとけない子どもながらも端正に整った顔立ちがよくわかる。嫌悪に歪んでも綺麗な婚約者にロシーディアはすこし落ち込んだ。彼に比べて、自分は綺麗と言えるのか。隣に並ぶのがとても不安だ。

 口元を引き結んで不安を堪えたロシーディアは、しかしぽかりと口をはしたなくあけてしまう。


 こちらをまっすぐ見据えた婚約者の瞳の色に、あの時とは違って近くに見える瞳に、どうしようもなく――惹かれた。


 彼の兄の深海のごとき深い蒼と違い、それは良く晴れた日に見上げる色。抜けるような青にロシーディアを映してくれた、それだけで舞い上がってしまいそうで。


 それが最初のきっかけ。


 *


「おれはクロード」と婚約者が胸を張る。次に「わたくしはロシーディアともうします」とお辞儀をした。


 二回目の顔合わせは順調な滑り出しだった。一回目は結局ふたりともまったく喋らずに終わってしまい、ロシーディアの父はひどく不機嫌になった。父の眉間の皺を無くすために、あるいはあの青をまた見たいと思って、ロシーディアはやる気を漲らせ二回目に臨んだ。


 大人たちは安堵して、ふたりでたくさんお話ししなさいと言い残して出て行く。城の豪華絢爛な部屋は、幼い子どもたちにとって広すぎる。自然、ふたりは声を大きめにしなければならなかった。


「『しんぴ』を、ごぞんじでいらっしゃる?」


 ロシーディアは慣れない口調に困惑しつつ問う。部屋に響く声にクロードが眉根を寄せ、「しらないわけないだろう」と鼻を鳴らす。

 現在のこの国にとって、『神秘』は酷くデリケートな問題だった。



 かつて魔女がいた。現在の国主たるクロードの父の、更に彼の父の妻。つまりクロードからすれば祖母にあたるのが、魔女アルケーシィアその人である。だが今のクロードが祖母と慕える女はいない。


 アルケーシィアは殺された。それも、『神秘』に。


 魔女とは悪魔の子らのことだ。契約を結び人となった悪魔と、人間との合いの子。あるいは合いの子の子どもたち。悪魔の御技――魔法を扱える女のこと。

 実を言えば魔女と呼べる者の中には男もいたが、大多数が女であり男は珍しい存在だったために魔女という呼称が広まったらしい。


 要は、アルケーシィアは『神秘』であったのだ。だが彼女がこの国の民に疎まれることはなかった。国主の妃にすらなった。昔、この国は『神秘』を受け入れ国民としていたから。


 彼女は強い魔法の力を持っていたから、子孫にその力が受け継がれることを誰もが望んだ。しかし息子は彼女と同じ色を引き継いでいない。一度は落胆に沈んだ国だが、一人目の孫が生まれるとそれは歓喜に変わった。


 悪魔の色に似た、黄金(きん)のごとき金髪。深い海のような碧の瞳。うつくしい金髪碧眼の少年は、魔女だった。


 彼は祖母によく懐いた。家族の中で二人だけが同じ力を持っていたから。


 アルケーシィアの息子が国主となり、この少年が次期国主として教育を受けはじめた。そんな時――アルケーシィアは殺された。誰が殺したか、何故殺したかは定かではなかった。しかし、それは人間ができるはずもない殺し方で。


 そうして悲哀と憤怒に燃え、この国は『神秘』を隷属させるようになった。


 これは二人が、まだ生まれる前の話。



「『しんぴ』は、おきらい?」


 クロードは婚約者の質問に、言葉に詰まる。やがてぼそぼそとちいさな声で言った。


「…………きらい」

「そう……」


 嘘つきね、とロシーディアは心の中で呟く。


 だって。

 彼の青は、あんなに綺麗だったのだから。


 *


 ふたりの話が尽きることはなかった。

 最初はロシーディアのことを睨んでいたクロードも、幾度も会うたび態度は軟化していった。ロシーディアの方も、綺麗な青を持つ少年がだんだんこちらに心を開いてくれているのがよくわかったから、ふたりはそれなりに仲の良い婚約者であった。


 ロシーディアは、最後の大人が部屋を出たのを確認して、はしたなくも扉に耳をつけて周囲の音を窺う。突然奇行に走った婚約者に困惑しているクロードの様子が目に見えるようだが、これをやめるわけにはいかなかった。


「……よし、いいでしょう」

「ロシーディア、何をしているんだ?」


 クロードの声色は予想通りに困惑しきったもので、心を閉じていた頃の彼なら今頃大人を呼んでいただろう。

 だが彼とよく交流していたロシーディアに死角はない。クロードもそこそこ長くなってきた付き合いの婚約者のことだから、奇行は理由があってのものと理解しているのかソファーにきちんと座って待っている。


「秘密のお話をするの」


 ちいさな胸を張って、クロードの隣にロシーディアが座る。きらきらとした瞳を向ける彼女が身を乗り出してくるから、彼は少し身を引きながら怪訝そうな顔をした。


「聞かれちゃまずいってことか?」

「その言い方はロマンがないわ!」


 ロマンを大切にしたいロシーディアは、密やかにクロードに囁く。


「精霊のお話よ」


 精霊。『神秘』のひとつである、彼らの話。それは大人たちに聞かれたら、長い長いお説教をされるに違いない話である。


 本当は、彼女の話をクロードは断らなくてはいけない。クロードは国主の子で、『神秘』を厭う国の頂点に近いから。けれど少女の輝く瞳に好奇心を掻き立てられて、クロードは彼女の話に耳を傾けた。


「クロードは知っているかしら、精霊って、木とか川とか、自然に宿るひとたちなの」


 それは知っている、とクロードが頷く。


「その彼らはね、自然を大切にすると目の前に現れて、色々と助けてくれるのよ」


 それも知っていると答えれば、「じゃあ!」とロシーディアがますます身を乗り出す。


「精霊の名前の法則は知っているかしら!」

「名前?」

「これは知らないのね!」


 自慢げに笑う少女に自尊心は微かに傷つくが、それよりロシーディアのかわいい声を聞いている方がクロードには重要だった。クロードは、幾たびもの逢瀬にいつしかこの元気一杯のちいさな淑女のことを好ましく思うようになっていた。


「精霊たちの名前はね、最後に『ズ』がつくの」

「悪魔が長くて言いにくい名前を持つのと同じように?」

「そう!」


 ロシーディアが悪戯っぽく笑う。


「だからあなたがもし精霊になったら……クロウズ、なんて呼ばれるのかしら」


 クロードはぱちぱちと目を瞬かせて、「精霊に?」と不思議そうな顔をした。それは彼がロシーディアのとっておきの『精霊のこと』を知らないということで、ロシーディアは心の中でにんまり笑った。

 頭が良くて、ロシーディアよりたくさん勉強している彼が知らないなんて。それとも、『神秘』のことはあまり勉強できないのだろうか。


「わたくしの場合はどうなるのかしらね……ロシーディズ? ロシーズ?」


 クロードは暫し考えて、「ならお前はローシーズだ」と告げる。


「あんまり可愛くないわ……」

「お前の名前がズをつけにくいのが悪い」


 不満そうに頬を膨らませるロシーディアに、クロードは鼻を鳴らした。それでもロシーディアに、「呼ぶときはロシーと呼べばいいんじゃないか」というのは、できるだけ可愛い呼び方を探したからか。


 クロードの気遣いに嬉しくなったロシーディアは、とっておきを披露することにした。


「わたくしね、もうひとつ知っているわ」


 やはり彼女は声をうんとちいさくして、クロードに囁いた。


 ――人間は大切に植物を育てたら、死んだ後で精霊になれるのよ。


 *


「これ、なあに?」


 ロシーディアは目の前のそれをしげしげと観察しながらクロードに問いかけた。


 もう二人が会うのは何回目か、数えるような数ではないのは確かだった。ロシーディアとクロードの仲は悪からず、このまま数年後には結婚すると言っても忌避感はないだろう。


「若木だ」


 端的な答え。本当に若い――幼い木のようで、幹はロシーディアの腕よりも細い。背の丈も見上げるくらいで、大人より小さい。

 頼りなさげに立つ姿は、すぐさま枯れてしまいそうな儚さがあった。


「これ、育てるのかしら?」

「お前にやる」

「わたくしに? そんな、枯らしてしまうわ」


 ロシーディアは自分のずぼらさに自信がある。それを矯正すべく礼儀の先生は奮闘しているのだが、その努力は実っていない。クロードはロシーディアのずぼらさもまた魅力の一つとは思うけれど、爵位を持つ者として許されることではないからある程度の矯正はやはり必要だった。


 そこでこの若木である。


 生き物というものは繊細だ。すこし世話を怠れば病気になってしまったりする。つまり継続してある程度質の高い世話をすることが必要不可欠である。


「枯らすな」

「……」


 位を継がないとはいえ国主の一族であり婚約者であるクロードのお達しならば、ロシーディアは拒否できない。


「いいな、たまに見に行くぞ」

「……」


 だが無言を貫くロシーディア。


「……大切に育てると精霊になれるんだろう?」


 クロードの潜めた声にロシーディアは彼の顔を見る。クロードは周囲を視線を走らせて、誰もいないことを確認してロシーディアにもう一度囁く。


「俺も、育てるから」

「……わかったわ」


 ぶすくれていたロシーディアも彼の言いたいことを察した。

 もしいつか死んでも、きっと二人はまた会えるってことだから。


 それでも明言しない彼にちょっとだけ不安になって、「ねえ、約束ね」とクロードに強請った。


「約束?」

「ずうっと、あとで。もしわたくしとあなたが土の下で眠っても」



「会いに来て」

 ずっと待っているわ、クロード。



 そう言えば彼はむっとした顔で、「俺が先に眠ったらどうするんだ」とロシーディアを睨め付けた。


「あら、そのときはわたくしが迎えに行くわ」


 だから、約束をしてね。

 絶対、わたくしたちはまた会えるって。



 それはまるで愛の言葉みたいに、甘い約束だった。

閲覧ありがとうございました。

【5結――哀憎】は5/30(水)朝6:00に投稿します。

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