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1起――出逢い

ファンタジー世界における『記憶喪失・過去の因縁・同世界転生』が好きな人は作者と握手。

 ローシーズが彼を見つけたのは木の上で昼寝をしている時だった。

 麗らかな春の日だったから降る日差しが心地よく、彼女の本体である樹と共に光合成に勤しんでいたのだ。……と、ローシーズは自らを誤魔化すが、勿論精霊は光合成などできない。ただの娯楽的な昼寝であった。


 何だかいい匂いがする、と人外の嗅覚で嗅ぎ慣れない仄かな花の匂いを探り当てて、ローシーズは目が覚めた。


 ローシーズは少し落ち着きのないところがあって、よく遊びに行く森の長老に説教をされることも多い。だがずぼらな彼女はそれを正そうとしないから、起きた拍子に樹から落下しかけるなんてことをしでかす。慌てて体勢を整えるも下からも見えたのかもしれない。いやほぼ確実に見えたのだろう。

 驚愕と懐疑を含んだ男の声がした。


「そこに誰かいるのか?」


 びくり、と思わず身体を揺らしたローシーズの動きが枝にも連鎖して、その辺りの葉が擦れ合う音が鳴ってしまう。


「いるんだな」


 下の男は確信を得たようだった。

 まずい、とローシーズは思う。精霊なんてもの、このご時世に見つかったら殺されるか隷属させられるかの二択だ。長老にもそれはよく言い聞かされていて、まだ生まれて数年と経っていないローシーズは真っ青な顔をして狼狽えた。


 死にたくない、と強く思った。――――まだ、まだわたしは。



 思い起こした、酷く鮮やかな青。



「ぃ、ぁあ……!」


 軋む脳がちいさな悲鳴を吐く。

 息ができない。頭を抱えて枝の上で身体をちいさくして、痛い、痛いと譫言じみた言葉がぽろぽろ零れ出るのを感じながらも自制できない。


 ローシーズはこれを知っていた。どうしようもできない発作。胸の真ん中あたりが焼きつくような痛みを発する。ただの幻の筈なのに、現実感を伴ったそれにローシーズは怯えるしかなかった。

 ――知らない、何も知らないのだ。わたしはこんなもの、知らない。


 下の男にも呻き声は聞こえたらしい。男は焦燥感に彩られた声で叫ぶ。


「具合が悪いのか!?」


 その言葉に、何故かローシーズは笑ってしまった。見ず知らずの女を心配するなんて、おかしな人、と。

 そうすると痛みはすっと消えた。いつもはもっと長く苦しいそれが、嘘のように消えたことにローシーズは驚く。やった、と喜びかけて。


「大丈夫か……?」


 彼の心配は、何故かローシーズの胸を打った。どくどくと早鐘を打つ鼓動。苦しいほどに痛む胸。だがその痛みは先ほどとは違うのだ。狭苦しい箱の中に押し込められるような、細い針でちくちくと刺されたような。

 先のそれに比べたらあまりにも軽い痛みで、けれど涙が零れた。止めどなくローシーズの両の瞳から涙が落ち、途中で薄紅の花びらに変わり空を舞う。


「この花は……君が?」


 枝の上にローシーズは座っているため上から花を落としたと彼は思ったらしい。春のことだったから、零れ落ちた花弁たちは精霊の涙と気づかれなかったようだ。よくよく見れば、そこらに落ちている普通のそれとは微妙に質感が違うのがわかるが。だが彼は『神秘』をあまり識らないようで、それがローシーズを救った。


 そっと細やかな声を出した。男にすら聞こえるかわからないほどの。


「……驚かさないで。わたし、落ちそうになってしまったのよ」

「それはすまないが……君は、女性か?」

「わからない?」


 いや、と男はかぶりを振る。


「わかるが、わかるからこそ……君のような若い女性が木の上にいるとは全く予想していなかったんだ」


 途方に暮れた気まずそうな顔が何だか可愛くて、ローシーズは口元に笑みを浮かべた。

 さわさわと風に数多の花びらが揺れ、攫われる。


「木の上でのお昼寝って、結構楽しいの」


 一瞬きょとんとして、彼は吹き出す。屈託のない笑みが、高級そうな仕立ての良い服を土に汚す姿に凄く似合っている、とローシーズは思う。


「そうか、それはよかった」


 彼はローシーズの方へ手を伸ばす。勿論下から彼女の姿は今は見えていないだろうけれど、先の一連の事で位置はなんとなくわかってしまったらしい。

 笑みを残した口元に喜びの光を宿す瞳が、ローシーズに向けられる。


「君は、一体どういう人なんだ?」

「……まず、貴方が誰なの」

「そうだな……クロウズ、だ」


 ローシーズは思わず溜息をついた。だって、彼は確実に偽名を名乗ったのだから。ならこちらもそうしてやる、とローシーズはふと思い浮かんだ音を言う。


「ロシー」


 その名を聞いたクロウズは何故か怯えたように、あるいは顔に諦念を浮かばせて、……罪を噛みしめる咎人が如く、唇を噛み締め暗い瞳をしたけれど。ローシーズが怪訝に問う前に、「よろしく」と笑った。

 それはとても綺麗な笑みで、だからこそ彼のそれは作ったものなのだと、わかってしまったけれど。



 *



 悪夢:

 今でもふと夢に見ることがある。

 あの女の、失望に濁った瞳のいろを。


 その強張った顔ごと毒を呑んだ罪人のことを。



 赦してくれ、と。

 そんな軽々しい言葉を、血を吐くように闇の中に置いた。



 *



 ローシーズの大木に花束を捧げる男――クロウズは、それからも度々訪れた。流石に毎日ではなかったけれど、その頻度はかなり高かった。


 ローシーズはいつしか彼からの『贈り物』を心待ちにするようになって、クロウズが一言二言会話をして去っていくと、そわそわしながら花束を抱えた。顔を鼻に埋めると芳しい香りが全身を満たすようで、樹は嬉しそうに薄紅の花を満開に咲かせる。それは本来の樹の生態からしておかしなことだったけれど、クロウズが何か疑問を発することはなかった。樹は海の向こうにある遠い異国出身だから、彼が詳しくないとしても何ら不思議ではない。


「ロシー、起きているか?」


 クロウズは今日も美しい花束を抱えてやって来た。彼はいつも開口一番ローシーズが起きているかを聞く。勿論邂逅時のことを揶揄われていると察していたローシーズであるから、ちくりと嫌味を言ってやるのも当然のことだった。


「レディになんて言い草? わたし、これでも寝坊したことはないのに」


 言葉が思ったよりも拗ねた子供のようになってしまって、ローシーズは内心焦る。


「それは済まない、レディ」


 だが彼はとても大人で、そんなローシーズの嫌味にもさらりと対応して見せるのが悔しかった。慌てさせて情けない姿を見たいと思うものの、その方法はとんと思いつかない。


 ふと、ローシーズは不思議に思った。

 そういえば彼は何故花束を持ってくるのだろう、と。


 ローシーズの為、ではないことはわかっている。ローシーズがいることを知らない最初の彼も花束を持っていたから。

 樹に供えられているからローシーズが花束を貰っているが、本来貰うべき誰かがいるのではないかと――ローシーズは不安になった。彼が想いを込めた花束を勝手に貰うなんて。


 悔しさまじりに、けれど殆どは好奇心のためにローシーズはクロウズに問いかける。


「貴方は何をしてらっしゃるの?」


 彼は一瞬きょとんと幼げな表情を晒し、やがて意味を掴むとすこし寂しげに笑う。


「大好きだった人への、謝罪かな」


 その表情が、言葉が、瞳に浮かぶ色が。どうしようもなく、ローシーズの胸をついた。

 それは悲しみとも、喜びとも違う何かで、ローシーズはうまく息ができなかった。


「……ロシー、どうした?」


 ローシーズの様子がおかしいことに気づいたか、彼のそれは怪訝な顔に変わる。だからローシーズは安心して声を出すことができた。


「なんでもないの、今ちょっと風邪気味なだけ」

「風邪? それはお大事に」


 クロウズはあっさり騙されて、優しく微笑む。あるいは彼は気づいているのかもしれなかった。けれど何も言わないのなら、それは気づいていないと同意義で。


 甘やかな微温湯(ぬるまゆ)のように、余所余所しい他人のように、ふたりは笑いあう。



 *



 煉獄:

 罪を雪ぐ、と言葉では簡単に言えるのに。

 罪を償う、と安い誓いなら口に出せるのに。


 ならば罪とはなんなのだろう。



「君はどうすれば赦してくれるのか」――つまり、これはそういうことでしかないんだ。


 意味のない自己満足。

閲覧ありがとうございました。

【2承――約束】は5/28(月)夕方18:00に投稿します。

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