残骸
「ちょっと、帰り遅すぎなんだけどー。あんたまさかまた良からぬ事をしてきた訳じゃないでしょうね!」
紗希さんとショッピングやらお茶やらしていたら結構な時間が過ぎてしまった。
家の前の人影も今一誰だか分からないほど暗くなっていて、僕はそれが麻利亜さんだと言う事に気付くのに数秒かかってしまった事が今日最大の汚点だった。
麻利亜さんは腕組みをして足でバタバタと足踏みしている様子を見るとそれだけでも怒り心頭なのかよく分かる。
今さら裏口に回ろうかなど考えたところで時すでに遅し。
僕を見付けた麻利亜さんは元からつり上がっている目を更に吊り上げ背伸びをして僕の首根っこを掴み睨まれた。
「帰ってくるの遅すぎなんだけどー。何してた訳?まさかまたエロエロ男になって彼女に襲いかかったりしてないでしょうね?だいたい今日は依頼とは関係無い内容だったからそもそも無償の仕事だし…。そんなんじゃいつまで経ってもうちの借金減らないじゃない!」
めちゃめちゃ怒ってる…。
「でも…僕の芸能人としての仕事でお給料もらった事無いんだけど…」
「は?それで何?だからこっちの仕事は好きにしてても構わないって言うの?あんたね、誰のお陰で雨風凌げる部屋で暮らせて、朝昼晩三食食べれて、その上学校にも通える生活送れてると思ってるの?」
確かに。麻利亜さんに拾われなかったら僕はのたれ死んでたかもしれない。
彼女の言う事は正しい。
だけど。
心のどこかで納得できない自分がいて。
「僕だって僕なりに頑張って麻利亜さんの役に立とうとしてるんだよっ!」
つい反発してしまったものだから、麻利亜さんの怒りは収まらない。
地団駄を踏む音を更に響かせ、ギロリと目を開いた。
麻利亜さんはとても美しい。
それこそ今から百年後の未来とか彼女の肖像画が美術館などに飾られいたりオークションに懸けられていても全く不思議ではない。
そんな美女が怒った表情は凄まじく恐ろしい。
「祥、今日から一ヶ月休み無しプラス家の家事全てあんたがやること」
反論を言える隙なんてどこにも無い。
え?一ヶ月休み無いって僕死んじゃうじゃん…。
「取り合えず、彼女から今までの依頼料受け取って来たんでしょ?」
そんな僕にお構い無しに差し出された麻利亜さんの手に彼女から預かってきた白い封筒を出すと紗希さんのピアスが一緒に出てきた。
あ…。
これ返すの忘れてた…。
それに触れるとピアスから残留思念が頭に届く。
『祥…ごめんね、私、貴方とはもうやっていけない』
茶色の髪の毛、真っ赤な口紅を塗った一人の女の人が僕の記憶に入ってきた。
頬には誰かに殴られたようなアザがある。
これは…紗希さんの記憶じゃない…。
これは…僕の記憶だ…。
彼女は?
『ごめんなさい。貴方にはついていけない…』
そう言う彼女の目は怯えていた。
どうしてそんな悲しそうな顔でぼくをみつめるの?
僕は…彼女に何をしたの?