思い出
紗希さんの部屋は、ピンクのグッズで包まれ、アロマオイルが焚かれている、いかにも若い女の子の一人暮らしと言う感じの部屋だった。
「適当にそこら辺に座ってー、って言っても散らかってて座るとこなんてないか」
自分で言っておきながら、クスクスと笑った顔はなかなか可愛いかった。
「てか、わざわざそれだけのために、こんな有名店のお菓子持ってきてくれて、逆にごめんって感じ」
小さな赤いテーブルの上に、ココアの入ったマグカップを二つと、ボクの持って来たバームクーヘンを乗せた平皿を目の前に差し出した。
ココアにバームクーヘンって?
どんだけ甘甘なんだ?
「ぼ、ボクは…大丈夫です」
「いいから遠慮しないで」
うー、あまり甘党では無いボクにはこのオヤツはちょっと…。
でも、せっかく出してくれたのだから、ココアだけでも…。
「あち」
「暑かった?ごめん」
布巾をボクに持ってきてくれた紗希さんは、口角を上げたまま言葉を続けた。
「あいつも猫舌で、必ず冷ましてから出して上げてたなー」
「………どうして、別れたんですか?」
感じたところ、紗希さんは相手に尽くすタイプに見える。
紗希さんの落としたピアスから感じ取った、紗希さんの彼への想い。
そんな紗希さんから彼氏と別れる事は無いと思う。
と言う事は、別れを切り出したのは彼の方からであろう。
だから、この質問は彼女に問うのは酷だと思ったが。
彼女の部屋に置かれているあちらこちらの彼への思い出が、ボクに話し掛けてる。
幸せだった頃の思い出が今も彼女を縛り付けている。
思い出はいつまでも持っていていいと思う。
だけど、思い出は思い出だ。
いつまでもとらわれていたら先には進めない。
「いきなりね、あいつに好きな子ができたって…そんなん急に言われても…納得できないよね」
「……まだ、彼の事が好きなんですか?」
信じてた人に裏切られてもその人の事嫌いになるなんて事なかなかできない。
人はその思いをまだ自分が相手の事を好きだと思う。
だが、その反面、今まで自分の物だと思っていた物が急に違う何かに取られると、必死になって取り返そうと思う。
最早それは恋では無い。
意地だ。
「また戻ってきてくれるんじゃないかって思ってる…」
「そうですか…」
だが、自分の想いを断ち切るのは自分しかできない。
だいたい何の思い出も無いボクにはそんな事言う資格もない。
だけど…。これだけは言っておこう。
「でも、そのピアス紗希さんには似合ってませんよ」
彼がくれたと言うシルバーのシンプルなピアスは紗希さんには似合わない。
「ちょっと、ショッピングでも行きましょう、せっかく天気もいいし」
ボクは一気にココアを飲み干して立ち上がった。