ピアス
彼女は今も一人で泣いてるかもしれない。
僕のジャケットのポケットに入っていたシルバーのピアスからそれを感じ取れる。
僕のスキル。持物から持主の残留思念を読み取る事ができるもの。
このピアスは昨日偶然自分のジャケットに落ちたのだろう。
麻利亜さんからもらった地図を頼りに依頼人が住む古びた緑色のアパートへ辿り着いた。
彼女の住む部屋の4階まで全速力で走ってきたものだから、扉の前で大きく深呼吸して、息を整えてからチャイムを押してみてしばらく待ってみたが、何の応答も無い。
そっと耳を澄ましてみると、部屋の中で僅かな物音がする。
「『何でも屋』の祥です。昨日は大変失礼いたしました」
ノックをしながら声を掛けてみると、数秒後。
「あー、昨日途中でボイコットした、『何でも屋』さんだー」
濡れた髪を無造作に上にまとめ、ほぼノーメイクの昨日の女性が出てきた。
服装も辺りにあったのを適当に着てきたのだろう。
キャミソールなんかで出てくるから、爆乳の谷間がどうしても視線に入ってしまう。
「ごめん、ごめん、髪洗ってた。てか、昨日の事ならもう気にしてないよ、カラオケ代も出してもらったし」
ニカっと笑い、ブイサインを見せた。
そんな彼女からはさっき読み取った哀しみは感じられない。
「で、でも、本当に申し訳ありませんでした、一人で帰してしまい本当に申し訳ありません」
一瞬、彼女の表情が強張ったのを見逃さなかった。
僕の言葉に反応したのだろうか。
「あ…と、本当にそんな気にしなくていいから、じゃあ」
差し出した菓子折りに手も触れずにドアを閉めようとするから、ドアの間に足を入れて閉まるのを防いだ。
「ちょ、ちょっと待って、これ、キミのだよね?」
慌ててポケットから、ピアスを取り出した。
そのピアスを見て、『あ』と小さく声を出すと、
「これ探してたの、ありがとうー、どこにあったの?」
嬉しそうにピアスを受け取った。
「何故か僕のジャケットのポケットに入ってた…」
「良かったー、これ大切な物なの」
「…彼氏からのプレゼントとか?」
答えなくても分かっていた。
グッと唇を噛んで僕を見上げる彼女の瞳が僅かに濡れていたから。
「彼氏って言っても元がつくけどね、私、男運無いんだよねー」
自嘲気味に笑うと、『そのバームクーヘン並ばないと手に入らないやつじゃん』
と僕の菓子折りに気付き、嬉しそうに受け取った。
「…彼氏なんかきっとすぐできるよ。キミ、いい子そうだし」
「昨日会っただけで何でそんなこと分かるのよ?」
「え?えっと、その、僕人を見る目があるから」
僕の解答がありきたりすぎたのだろうか?クスクスと笑った。
「てか、アンタ私の名前も知らないくせに、私がいい子だなんて分かる訳ないじゃない」
面白そうにまだ笑っていた。
「あ」
そうだった。彼女の名前何だっけ?
依頼の内容がカラオケってことだけに頭がパニクってて、忘れてしまってた。
そんな僕に向かってピアスを耳に刺しながら言った。
「私、中田紗希、21才、彼氏いない歴一週間、よろしく」