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キヨおばあさん

「それでそのまま始発まで駅で待ってたのかい?」



古い木造住宅の一戸建ての縁側でポカポカとした陽を浴びていたら、昨日一睡もしてなかったことを体が思い出させ、猛烈な眠気が襲ってきた。

今年、80を迎えるキヨおばあさんは今日も元気に日溜まりを受けながら編み棒をせっせと動かしながら、僕の話を聞いてくれていた。


「う…ん。また僕のせいで依頼人を怒らせちゃったから、麻利亜さんに迷惑かけちゃった…」

うつらうつらと船を漕ぎながら答える。

元々依頼人であったキヨおばあさんには、僕が多重人格であることもアイドルであることも話していない。ただ、僕に記憶が無く、麻利亜さんの家に厄介になってることは話している。


「でも、まぁ、アンタが無事に帰ってきてくれて良かったよ。私はアンタとこうして何気無く時間を過ごすのだけが残り少ない人生の中の楽しみだからね」


「…そんな哀しいこと言わないでよ、キヨおばあさん…、ミャーだってそう言ってるよ」


庭の草むら中で小さな獲物を狙って目をギラつかせている額に逆さまの半月のような傷のついた黒猫には、こっちの会話など全く興味が無いようだったが…。


「人はね、ずっと一人でいると生きてるか死んでるか分からなくなるけど、こうして誰かと会話をすると、ああ自分はちゃんと存在してるんだと確認することができるんだよ」


キヨおばあさんと知り合ったきっかけはこの猫だった。

まだ『何でも屋』を開業したての頃で、一人暮らしのキヨおばあさんが大慌てて、たった一人の家族の姿が行方不明になったので探して欲しいと、麻利亜さんの家に来たことがつい昨日の事のように感じられる。

その後、路地裏の狭い隙間に入ったものの出られずに助けを求めていたミャーを救出したと言う訳だ。


あの時からキヨおばあさんとの付き合いは続いている。

身内のいない僕にとっても安らげる大切な場所。


あの時そう言えば…。


「で、今日その依頼人のとこに謝罪へ行くのかい?」


「うん…。自分でやったことは自分で責任取れって。麻利亜さんが依頼人の家の地図をくれたけど…」


僕はジャケットのポケットから一枚の白い紙を取り出した。

その時、ポトンと、地面に何かが落ちる音がした。


「これ…、あれ?」

見覚えのない、大きな青色の石のついたシルバーのピアスだった。

麻利亜さんは耳に穴空いてないし、何でこんなところに?


僕は深呼吸してからそれを手の平にぎゅっと握ってみる。



『私のどこが気に入らなかったの?』

散乱とした部屋で、一人の女性が怒りに任せたように甲高い声を上げている。

鏡にその女性が映った。

派手目なアイメイクが涙のせいで滲んでしまっている。

この派手目なメイクの女性、僕は知ってる。

昨日の依頼人だ。


『どうして、いつも浮気ばかりするの?私じゃダメなの?』

誰に向かって言っているのか、相手の姿は見えない。


『私、一人になりたくないの…』


泣き崩れる依頼人。

依頼人の哀しい感情が、自分の中にまで押し寄せてくる。

一人になりたくない、孤独が怖い。

そんな思いでいっぱいだった。

「あ…」


悲しみの重さに堪えきれなくなり、手を開いた。


「どうしたんだい、祥ちゃん?泣いているのかい?」


気が付くとキヨおばあちゃんが僕の背中を優しくさすってくれていた。


「キヨおばあちゃん、僕行かなくちゃ」


「どこにだい?」


「昨日の依頼人のとこ」


彼女の昨日の依頼はただ一緒にカラオケBOXで過ごすことだった。

たったそれだけの依頼。


誰かに側にいて欲しかった?


『化け物、お前なんていらない』


あ、頭が割れるように痛い。

誰かの声が頭に響く。

急がなければなのに、足が止まってしまう。


誰、これは誰の記憶…?









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