何でも屋
「はい、次、祥の番だよ」
深夜のカラオケボックス。
メークも服装も派手目、一見20代前半にしか見えない女性と二人っきりでの個室。
(これはヤバイんじゃないかなー?いや、でもアルコールも入ってないし、彼女が積極的に迫ってくるなどないだろうし、きっと大丈夫)
ふと心の中で自問自答してしまう。
「僕、歌苦手なんだよねー」
差し出されたマイクを彼女に返そうとしたのだが、すぐに強引に持たされてしまう。
「またまたー、そんなにいい声してるくせにー、しかもー、今日の私の依頼は朝までカラオケに付き合うって約束じゃない?付き合うってことは祥も歌わなきゃ!」
正に正論。
だが、しかし、歌を歌うってことになると…。
テーブルに置いてある、デンモクをタッチして履歴を検索。
うーん、やっぱりカラオケの依頼はまずかったな。
履歴で断トツ多い曲、『破滅のディスティニー』
これ歌ったら僕のことバレちゃうだろうな。
--------------------------------------
「こら、祥、依頼が来てるんだから、さっさと仕事行ってこい!」
都内の外れの一戸建て、相当古い建物で歩く度に床がギシギシと音を立てる。
普通に歩くだけで、その音なのに、いきおい良く歩いたら床が壊れるのではないかと思うほどの悲鳴を上げていた。
南側の部屋で窓を開けて、外を眺めていたオレを甲高い声が襲う。
「どんな依頼でも受けるのがアンタのモットーだったはずでしょ?何、受けないって依頼人に何て言うのよ」
「…、だって、今回の依頼カラオケだよ?そんなの歌えない」
「は?何ワガママ言ってんの?そんな状況ぐらい何とか乗り切りなさいよ!そんなんじゃいつまで経っても記憶取り戻せないよ」
記憶…、それは僕にとって最も欲する物。
僕の一番最初の記憶は一年前雨の中でこの家の前に座っていた、それ以前の記憶が全く無かった。
ここの家主、四宮麻利亜はそんなずぶ濡れの僕を拾ってくれた恩人。
「いい?アンタはできるだけ多くの人と接してその人たちの思い出の品に触れて記憶の扉を開いていくことでアンタの記憶も紐解く要因になるんでしょ?」
そう、僕には不思議な力があった。
人が大切にしていた物に触れるとその人の過去の記憶を垣間見ることができ、それが僕の脳を刺激して記憶を呼び戻すことができるかもしれない、それがこの依頼と言う仕事を始めたきっかけだった。
人の大切にしている思い出の品を貰う変わりに、その人が望むことを請け負う、何でも屋だ。
トイレ掃除から彼氏のフリまで。文字通り何でもありの職業だ。
それとは別に僕のもう一つの顔、麻利亜の経営する芸能事務所でのアイドル業。
まぁ、麻利亜の父親がしていた仕事を麻利亜が引き継いだ訳だが…。
多額の借金を残し行方不明になった父親の変わりに引き継いだものだから、所属するアイドルは皆々独立したり移籍したりと残ったのは誰もいない状態。
そんな中での僕と出会い、
「ねーねー、アンタのその容姿私にくれない?私はアンタの記憶を戻す手助けするから、アンタは私のために働いて、ウィン&ウィンの関係で」
と言うことになり、ここで居候している訳だが…。
--------------------------------------
「ねぇ、祥って誰かに似てるって言われない?」
依頼人が僕にすり寄り顔を近付けてきた。
これは…かなりヤバイ状況。
「ねー、このメガネ外してもっと顔見せて」
彼女の吐息が顔にかかった。
心臓が破裂しそうだ。
これは、違う、別に彼女にコクられた訳でも何でも無いのに。
そう言い聞かせても…。
「本当、アナタってイケメンね、キスしてもいい?」
ああーーーーー、もう限界だ。
その言葉を聞いた途端に僕の中の名にかが弾けた。
僕の体が他の誰かに乗っ取られる感覚。
ああ、意識が途絶える。
「大胆な子、オレ嫌いじゃないよ」
オレ、ショウは隣の彼女の細い顎を持ち上げた。