プレゼント其の弐 〜気持ちを声に〜
サンタさんはいない。
このことに関して、私は誰よりも先に知っていた。
だって、そもそもサンタさんが来たことが一度もないから。
周りの子が騒いでいる。
明日はクリスマスだ、と。
プレゼントがもらえるんだ、と。
あの子はもう知っているのだろうか。世間一般におけるサンタの正体が父親か母親だということを。
まだ知らないのか、誰かから教えてもらったのか。自分で気づいてしまったのか。
少なくとも、サンタという概念すら知らなかった私よりはマシだろう。
この時期は一人で帰る。友達と帰ると、プレゼントの話になるから。
それは少し、居たたまれないから。
ぎりぎりまで図書館に籠る。知り合いが学校を出たであろう頃を十分に過ぎてから帰路につく。
暗くなってから帰ると叱られる。洗濯物も取り込まないといけないし、お米も研いで炊飯器のスイッチも押しておかないといけない。それからは、多分部屋でお勉強。
別に嫌じゃないけど。プレゼントがもらえない時期はいずれどの子にも来る。私の家はそれが特急電車以上に早いスピードで来ただけ。
でも、やっぱり羨ましいんだ。
「わんわん!」
ふと顔を上げると、ワンコがいた。可愛い・・・・。
あたりを見渡しても誰もいない。迷子のワンちゃんかな。
「どうしたの?お腹すいたの?」
私の問いに、違うよぉ、と言ってるかのように首をふり、しっぽを強調するかのように大きく振った。
しっぽに括り付けられている、手紙のようなものを。強調するかのように。
「ナニコレ。」
リボン結びで結んであったその紙には、一行だけ、書き込みがしてあった。
『サンタへのプレゼントを書いて、このワンちゃんに返してね。To 美和ちゃん』
ばかばかしい。と私は思った。サンタなんているわけがないし、私の両親はこんな手の込んだことを決してしない。クラスの男子のいたずらか何かだろう。私の名前書いてあるし。
ぽい、と捨ててそのまま帰ろうとすると、
「きゃうぅーん・・・・・。」
悲しそうな声でワンちゃんが鳴く。その口にはさっきの紙が。
この子、どうしても私に書いてほしいのかしら。
「わんわん!」
ちょっと思っただけで、ぱっと顔が明るくなるワンちゃん。可愛い・・・・・。
「もー。しょうがないわ。」
いたずらだって分かっている。でも、このワンちゃんに免じて素直な言葉をぶつけてやる。
【サンタさん。お母さんがプレゼントを買ってくれません。どうしたらよいでしょうか。】
これでいい。
しっぽに括り付けると、ようやくワンちゃんは走り去っていった。ワンちゃん可愛かったから許す。
家に帰ると誰もいない。お父さんは仕事。お母さんも仕事。
やることやって、ご飯を食べる。最近、料理のレパートリーも増えてきた。お弁当もきっと自分で作れる。学校の給食があるから作る機会はまだないだろうけど。
お父さんとお母さんの分の料理はラップをしいて、冷蔵庫へ。ご飯は保温状態に。
そして、一足早くお布団の中へ。
早く明後日が来ますように。と願いながら。
「ただいまー。」
「お帰り、お父さん。」
「ああ。美和はまだ起きているか?」
「先に寝ちゃってるみたい。『お風呂も入って、ご飯もちゃんと食べたよ』って書き残してね。」
「そうか・・・・。」
「美和ちゃん寝てるんかー。よかったよかった。」
「「!!??」」
誰!?という声にならない視線を同時に受け止めて、サンタさんは頭をボリボリ掻きながら言いました。
「いやー。私サンタさんというものでして。美和ちゃんへのプレゼントを渡しに来たのですけど・・・・。」
「いや、怪しいだろ。おい。お前、警察に通報してきてくれ。俺の後をついてきて一緒にドアをくぐってくるサンタがいるわけがない。」
「ですよねあなた。今電話します。」
「ちょっとまったぁぁぁぁぁ」
オートロックマンションで7階とかトナカイがいないと無理だもん!まともに入れないもん!
泣きそうになりながら、サンタさんはもらった手紙を見せる。
「これ!美和ちゃんからのお手紙です!筆跡でわかるでしょ!サンタさん宛ですよこれ!」
ご両親のお二人はじっくり見て、確かに・・・・、と思い始めました。
「しかし、だからと言って君がサンタだという証拠にはならないと思うんだが。」
デスヨネー。
まぁ、本当のプレゼントはトナカイが運んでくれてるだろうし。
「私はお手紙を返信しに来ただけなので、この手紙を美和ちゃんの部屋に置いてもらえればすぐ帰ります。中を読んでもらってもよいのですが、ちゃんと封をし直してくださいよ~。」
サンタと名乗るぽっちゃりとしたおっさんの手紙は普通の手紙だった。
受け取るや否や、サンタさんは風のように走り去っていきました。
正確には、階段からこけて、ごろごろと転がっていったのですが、彼の名誉のために黙っておきましょう。
残されたご両親は、しばらくポカンとしていましたが、徐々に手紙に意識を向けるようになりました。
「もし、これが本当に美和の手紙だったら・・・・。」
「ええ。でも、今まで何もあげてなかったのに、今年だけ特別にあげるのって変に思われないかしら・・・・。」
美和が幼いころなどは、クリスマスのある12月は、二人とも忙しく、大抵サンタのことなど忘れていた。
サンタのことを意識するようになった時にはもう、美和はとても賢く、立派に育っていた。
「最近欲しいもの、ないなぁ。」
12月に入るころになると、牽制して先に呟いてしまうくらいには。
自分のわがままを押し殺し、周りを気にして発言してしまうくらいには。
別に今もお金に余裕がないわけではない。ただ、長年続いていた『何もないクリスマス』を崩してしまった時、何が起こってしまうのか、それが怖かった。
娘にどんな顔で、なんと言われるか。なんで今まではくれなかったのか、と問い詰められることが怖かった。
「でも、事実、こういう手紙をサンタさんに出している以上、あげてやるほうがいいに決まっている。あのサンタが本物だとは思えないが。」
「そうね。そっちの方が美和は絶対に喜ぶわよね。あのサンタが本物なわけないけど。」
うんうんと頷く二人。しかし、肝心のプレゼントを何にしていいのかがわかりません。
うーんうーんと唸る二人。そこに、リビングの隣から微かに美和の寝言が聞こえてきました。
「ん・・・。あー。昼間のワンちゃんだぁ。・・。モフー。んむふふふ・・・・。」
覗いてみると、とてもニヤニヤしながらお布団に抱きついている美和の可愛い姿が見えました。
これだ。もう、これしかない。
二人は、何も言わず、目を合わせました。
お父さんは、再び、夜の街へと向かいました。
なんだか、夢を見た気がする。
ちょっと小太りなサンタさんが、リビングにいた気がする。
階段から転げ落ちるのを窓から見た気がする。
その時、目が合った瞬間、サンタさんの口が「good luck!」って言ってた気がする。
ふつーは、「メリー・クリスマス」って言うはずだから、多分偽物だろう。夢だけど。
お布団の横には、何やらお手紙が。
それは、あのワンちゃんに書いたお手紙の返信。
ただ、美和の両親が読んだものとは違っていた。
『お母さんがプレゼントを買ってくれないのならば、お父さんを攻略するんだ!ちなみに、サンタさんもプレゼント渡したからね!?』
なんだこりゃ。変な手紙に思わず笑ってしまう。
サンタさん「も」、とはなんだろう。あたりをもぞもぞしながら見渡すと、なにやら茶色い物体が目に入った。
と同時に部屋にドアのノックの音が響いた。
「美和?起きた?あのね・・・・。昨日お父さんがうっかりゲームセンターで遊んだらしくてね。犬のぬいぐるみとかとってきちゃって。それでお母さんが没収したんだけど・・・・」
どう見ても、ゲームセンターで買ったものじゃない。値札も付きっぱなしだ。
でも、昨日合ったワンちゃんにすごく似ている可愛いぬいぐるみだった。
嬉しい気持ちがどんどん溢れてくる。ワンちゃんのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
伝えたい気持ちがこみ上げる。家族のぬくもりが伝わってくる。
声に、出てしまう。
「ありがと!すっごく嬉しい!プレゼントずっと欲しかったの!ワンちゃん大好き!お母さんお父さんありがとおお。」
値札は私が外しておこう。ゲーセンでとったということに今年はしてあげよう。
今年は。
「お父さん!来年もプレゼント欲しいからね!」
お母さんとお父さんが顔を合わせる。
にこっとほっこり。笑顔が浮かぶ。
サンタさんはいる。
このことに関して気づくのに、きっと私は誰よりも時間がかかってしまった。
だって、昨日初めて、サンタさんが来てくれたから!