09話 夢の中で
ながらくお待たせしました、体調よくなって来たので更新再開します!!
夢ってのは見ている最中に『あ、これ夢だわ』って解るものがある。
俺が今現在見ている夢がまさにそれだ。
俺は、愛しの故郷日本にある筈の築20年で家賃二万円の我が家にて、独り暮らしにと母から送られた24インチのテレビの前に正座している。
まぁ、ここまでなら『人間の姿に戻れたやっほーい!! 夢オチとか笑ける』みたいになるのだろうが、そうはいかない……
現在俺は、緑色の醜い人型生物達をフカンで撮った映像を映し出すテレビから眼が離せない。
……うん、本当は凄く目を背けたい。
しかし背ける訳にはいかない、その訳は……
『ウァオオオオオオオオオオン!!!』
テレビが大音量で狼の遠吠えを発した。それは、思わず耳を覆いたくなり、聞くものを本能的に恐怖させるような代物だ。こんなものを地上波で放送しようものなら、お茶の間の皆様に怒られること受け合いだろう。
しかし、そんな遠吠えもどうでもなるような映像がすぐに流れる。それは……
グチャ……
首をあらぬ方向にまげ、モザイクのかからない内蔵をまき散らし、水風船のようにパーンってなったゴブリンさん。その後もゴブリンを半ば拷問にも近しい方法で殺していく、勿論無修正な映像が流れ続ける。
こんなものをなんの規制もなく地上波で放送しようものなら、放送倫理・番組向上なんとかさんに怒られ、最悪、撮影責任者はしょっぴかれてしまうことだろう。
しかし、勿論これは地上波で放送されているわけではない。
こんなものが平和な日本で放送されてたまるものか……
この映像はおそらく狼スタイルな俺が繰り広げた惨劇を、狼目線で映したものなのだ。
まぁ、とはいえ、ソレでここが夢の中と決めつけるには証拠不十分だと誰ものが思うだろう。
しかし、俺はここが夢のなかだと確信出来るのだ。
何故なら、この部屋には我が家にある筈のものがないからだ……
テレビに映し出されるスプラッタに耐え切れず、俺はリモコンでテレビを消し、天井がある筈の上を見上げた。
そこにあるのは、慣れ親しんだシミだらけの木の天井などではなく、漆黒の背景に光り輝く満天の星空。視界の隅にはオーロラだって確認出来、見たこともないような大きな月が妖しく浮かんでいたりする。
無論、重ねて言うが我が家は天井ナシの欠陥住宅などでは無い。まるで天井だけを切り抜いたように、我が家の天井がなくなり星空がコンニチワしているのだ。
そんな現状に眉間を親指と人差し指で押さえ、埃とゴミだらけの畳に仰向けに寝そべる。そのとき、就活用に買った身だしなみ用の手鏡が尻の方にあるのに気付き、拾い上げ自分の顔を確認してみた。
そこに映るのは見慣れた20代男性の顔。
髪の毛は天然針金ボサボサ頭で、情けない印象を受ける目には栄養不足から来る隈が出来上がっていた。
おもむろに右手で顔を触ってみる。
人間の肌特有の感触が手に伝わった。とはいえ、張りや弾力なんてものは遥か昔に失われているのだけど。
普段は無精髭があるであろう顎が綺麗に整えられていることから、あの不合格通知を受け取りヤケ酒をしていた頃だということが解った。
まぁ、そんなことが解った所でどうしようもないし、こんな不景気そうな顔を見ていた所でなんの足しにもならないので鏡を適当な場所に投げ捨てる。
しかし、直に鏡を投げ捨てたことに後悔した。
あ、別にモノを投げちゃいけません、なんていう良心の呵責が働いた訳では全くない。
目が合ったのだ。
天井の空いた箱のようになった我が家を覗き込む、白銀の毛並みをした神々しい巨大な狼さんと。
恐怖で動きが止まる、息がとまる、思考が止まる……じっと身動き出来ぬまま、狼と目を合わせ続ける。
爛々と紅く輝く狼の瞳は、まるで俺を見定めるかの様に1カ所で止まっている。狼の瞳には俺しか映っておらず、おそらく俺の瞳にも狼しか映ってないことだろう。
狼がゆっくりと我が家の中に顔を入れて来た……
「……(いらっしゃい、なんの御用なのでしょ、ですか)」
必死に口を動かし問いかけようとしてみたが、口が渇ききって声すらまともに発する事が出来ない。
狼の顔が目前まで迫る。狼の毛が俺の肌を撫ぜる程接近し、狼の息使いが解るくらいの距離になった。
その頃になるとなけなしの冷静さは失われ、最早パニックである。ただ、狼の機嫌を損ねない様に身動きしないという防衛本能だけが働いている。
クンクン、といった感じで俺の臭いを嗅ぐ狼。
なんとなく『……お酒の臭いしないかしら?』とか、飲み会終わりに男性と良い雰囲気になった女性みたいな心配が頭を過る。つーか、まだ割と余裕だな俺よ……
しかし、俺からはそんな異臭を感じなかった、狼はそっと俺から遠ざかって行く。
見下ろす狼、見下ろされる俺……
なんかもう、狼さんに『人の子よ……』とか言われそうな雰囲気ではある。
狼さんがその真赤な瞳を細め、口元を歪め嗤うような表情を作った。
その顔がそこはかとなく恐ろしく、俺を不安にさせる。
数秒そうした後、狼は何事も無かったかのように頭を引っ込める。
部屋からいなくなり視界から消える狼……安心や安堵の気持ちが訪れて叱るべきなのに、狼さんが姿を消したことが俺は何故か怖かった。
急いで立ち上がり玄関に向かう。
こんなときに限って玄関にはチェーンが掛かっており、外すのに手間取った。
そしてドアを開け放った瞬間……俺は眩い光に包まれた。
夢って言うのは見ている最中、『あ、これそろそろ起きるわ』って解るものがある。
今がまさにソレ。