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02話 成熟したクマさんは馬より早く走れる

 数分間、そのクマとにらめっこをしてしまった。

 クマは体長3mといったくらいか? クマの平均身長がどれくらいかなど知ったことじゃないが、都会に住まう俺としてはかなり大きなクマに見える。

 しかも、その凶悪そうな顔……

 まるで、今まさに『人間殺して来ました!!』と言わんばかりの強面だ。そうそう、その強靭な前脚にはベットリと血が付いており、その凶悪さに拍車を……


『………キャン(………え?)』


 よくよく見て見ると、クマの足下に人間のようなものが転がっている様な……しかも、腹が割け腸がコンニチワしているような……

 クマは足下にある自分の獲物を一瞥すると、その恐ろしい牙を剥き出しにし威嚇するように喉を鳴らし始めた。


 え、え、えーーー、まじか、こんな所で殺人熊と対峙とかマジついてねーーー


 内心叫ぶと、いままで隠していた恐怖心が一気にこみ上げて来る。

 だって、殺人熊ですよ? そりゃーーー、怖いっすもん、人間だものっ!!!

 身体中がブルブルと震え出す……全身に伝わる恐怖、血管を流れる血液が冷たく感じられ背中がゾッと冷える。そして、それに反するかの様に熱くドクドクと鼓動する心臓、波打つ様に逆立つ全身の体毛。その鼓動が何処か高揚感に似ていて……


 そこまで来て、俺が無意識に牙を剥き出しにしていることが解った。

 驚くことに俺はこの熊から逃げるでもなく、死んだフリするでも無く、戦おうとしているのだ!!


 ありえねーーー、俺がこんなクマさんと戦うとかアリエネーーー。


 頭を振り自分の思考を正気に戻す。

 ありえないから、絶対アリエナイから……二十代の無職男性が丸腰でクマと戦うとかアリエネーからっ!!


 俺はクマさんから目を逸らさぬ様に、後ろ脚を一歩ずつさげ徐々に距離をとる。

 いいか、落ち着け、十分距離を確保したら全力ダッシュだ。この森を突き抜ける勢いで全力ダッシュだ!!

 心臓がバクバクと音をならし、身体中がサウナの様に熱くなる。

 いいか、一歩……二歩……三歩……今だ!! 全力ダッシュっ!!


 ある程度の距離が開いたのを見計らって、全速力で駆け出す。

 一方、クマは俺のスタートダッシュに一瞬おくれて駆け出した。


《ガァアアアアウウウウウゥ!!!》


 なんとも形容し難い鳴き声を発しながら、追走して来るクマさん。

 先程までの二足歩行を捨てて、四足歩行で獲物である俺を追いかけてきやがる。コレが、驚くことに地味に速い!! その巨体からは想像出来ない程のスピードだ。

 一方、俺は慣れない狼の身体での全力ダッシュだ。慣れないために動きがぎこちなく、転びそうになりながら、どうにかこうにか追いつかれていない。マジ奇跡だと思う。


 しかし逃げ続けて数分後事件は起きた。

 そう、空腹による自力の違いだ。

 徐々に追いつかれつつある……足音で解る!!めちゃ、怖い!!

 しかし、俺の四肢はなかなか想う様に動かない。

 仕方ない、だってお腹空いてるんだもんっ!!慣れない四足歩行なんだもん!!


『グウウウウウウーーーーーー………』


 この生きるか死ぬかの危機的状況で、俺の腹の虫は呑気な鳴き声を上げやがる。

 さらには、急に全力疾走を開始したからか、身体中から汗が吹き出て俺に残された水分と体力を奪っているようだ。

 心無しか目眩がして来た。頭痛も酷い。

 あれだ、ご飯はちゃんと食べるべきだ。今度、この場から行きて帰れたら三食ちゃんと食べる様にしよう。めんどくさいからって、朝飯をポテチで済ませたり食べなかったりするのは止めよう!!

 そう心に誓いながら、もつれる脚で走り続ける。


『……ハァハァハァ』


 喉の渇きと空腹とが俺を襲う。

 全身が水分を欲している感覚……

 背後からは、俺を全速力で追いかける猛獣の足音……

 もうダメだと目をつぶった瞬間……微かだが、水の音がしたきがした。


 幻聴だろうと一瞬思ったのだが。

 確かに近くから水の音がする……もしかしたら、狼さんな姿になったため感覚が鋭くなっているのかもしれない。

 顔を上げて前を見るとそこには、俺が目を覚ました泉が木々の隙間からコンニチワしていた!!


 最後の力を振り絞って立ち上がる。

 一歩、二歩……目の前の潤いのオアシスに向け歩を進める。

 あそこに、あそこに辿り着けば水が飲める……なんの確証もない話しなのだが、本当になんとなくあそこに行けば救われる気がしたのだ。

 しかし、追従して来た足音がぴたりと途絶えた。

 何事かと後ろを向くと……


 俺に向かって右前脚の鋭利な爪を振り上げながら、飛んで来る一匹の巨クマ。

 その目は血に飢え、狂ったように真赤に充血している。

 それを、確認したのと同時にクマの爪が紅く光り、振り下ろされた右前脚で俺は湖の方へと突き飛ばされた。


 腹部に激痛が走り、二転三転しながら地面を転がって行く。

 全身の毛並みを土と泥で汚しながら、生茂る木々を折りながら……先程いた所から、泉のほとりまで一機に飛ばされた。

 死にそうになる程の激痛に、気を張っていないと意識が飛びそうになる。

 現状から逃げようと歩き出そうとするが、森の奥からクマの雄叫びが聞こえた。

 そちらに目を向けると、木々をなぎ倒しながらこちらに突進してくる森のクマさんの姿……


(やばい……あれは、死ねるっ!!)


 しかし逃げようにもなかなか立ち上がれない。

 全身に走る激痛は本物で、もしかしたら骨の2、3本逝っているのかもしれない。

 どうにかこうにか、子鹿の様に立ち上がった時にはもう既にクマは目前に迫っていた。

 全くの防御姿勢のないままクマの突進をまともに受け、空に綺麗なアーチを描く……ああ、もう、しぬ、これ……

 宙をとびながら、空を見上げると綺麗な青い空が見えた。


 ……ザブンッ!!!


 大きな水しぶきを上げ、水面に叩き付けられる。

 ああ。水面に落ちるのって割とイタいんだな……とか、どうでもいいことが頭を過る。

 次に来るのは、口や鼻から侵入して来る泉の水。

 ああーーー、俺はここで溺れるのか? 残念ながら、今の俺に泳げるだけの元気は無いぞ?


 そう死を覚悟した瞬間……

 自分の身体の異変に気付いた。


『……?』


 まず、水中にもかかわらず息が辛く無い。

 呼吸がまともに出来る……否、鼻や口から呼吸はしていない、全くの謎呼吸だ。

 さらには、泳いですらいないのに水の中を自由に動ける!! 全く不自由を感じない。

 次に……身体中から痛みが消えている。

 先程まで喰らっていたダメージが嘘のようだ。激痛を感じていた腹部も全く痛く無い。

 そしてなにより……


 沸々と俺の中で怒りの感情が沸き起こってくるのが解る。

 それは、先程まで俺を甚振って来たクマへの憤怒の感情と、空腹による餓鬼から来る物の様に思える。

 殺意……そんな単語が頭を過る。


『あのクマを殺せ、あのクマを食い殺せ、あのクマを喰いちぎれ、あのクマを、あのクマを、あのクマを、アノクマを、アノクマヲ……』


 自分では無いなにかが発するそんな言葉が頭の中を支配し、徐々に身体の自由を奪って行く。

 突然の出来事に謎の恐怖を覚えながらも、心地よい睡魔に似た何かが精神を包み混んで行くような感覚……それは、人間だった頃の自分には無い初めての感覚であった。

 自分でもコントロール出来ないそれらの感情は、まるで堰を切る様に溢れ出し、喉の奥から遠吠えとなって飛び出した。


 空気を振動させるほどの遠吠えは、泉中の水を振動させ、周囲の地面すら揺らす。

 その揺れにクマも後ずさり、先程自分が巨狼を突き落とした場所を凝視する。

 数秒の後、泉の中央から天に向け巨大な水柱が立ち上った。

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