12話 可愛いは正義
俺は、人生初のゴブリン料理に不本意ながら舌鼓を打ってしまったことに対する後悔と、また完璧にリバースすることの叶わなかった行き場の無い怒りと悲しみを抱えながら、ワンコ達とジェリーさんの居る所まで戻ってきた。
口の中に残るのは濃厚な肉汁と旨味と、脳裏によぎるゴブリンの醜悪な外見と人型生物を食してしまったという罪悪感が入り乱れ俺の精神を乱す……
『ゥ、バァウ………(こ、これカニバリズムじゃないよね………)』
嘔吐感はあるのに、口がおかわりを求めると言うなんとも形容し難い感覚である。
まさに理性と欲望の戦いである。頑張れ理性、負けるな理性。
人としての越えてはならない一線を死守した所で、眼に飛び込んで来たのはジェリーさんの取り出したゴブリン肉を美味しそうに食べるワンコ達の姿である。その様子を見て不覚にも涎を垂らしてしまった俺を誰が責められよう?
『だ、だいじょうぶですか!?』
心配そうに声をかけてくれるジェリーさん。
うん、お前のせいなんだ。お前がゴブリン肉とか喰わすから、俺は想像を絶する苦悩を味わっているんだ。下手に上手に焼きやがって!!
……でも、まぁ、スライム可愛いから許す。
『バウ……(大丈夫、触れないで……)』
『ゴブリン肉は……その、お嫌いでしたでしょうか?』
『バウーン!!(頼むから触れないで!!)』
情けないことに涙を浮かべてしまった。
だって、どう考えてもほとんど食人じゃねぇっすか?
知ってたら食べなかった、いくら美味しそうでも知ってたら食べなかった!!
俺の様子を見て察してくれたのか、ジェリーさんはお口直しのハーブなんかを出して来てくれた。
ジェリーさんのせいで食べちゃったと思う反面、気遣いが身にしみる。そもそも、俺は与えられたものを気ままに口にし過ぎたのだ、確認を怠った俺も悪い。
ここは、合成着色料の材料に虫が含まれることとか思いだして忘れよう。うん、そうしよう。
ハーブを噛み締め立ち直る。
口がスースーする、やっぱミント系は最高だわ!!
『……その、もう、大丈夫ですか?そのやはり、ゴブリん……』
『ヴァウン?(え、なにかありましたか?)』
『い、いいえなんでもないですっ!!』
有無を言わせず遮る。
もう忘れた、終わったんだってば。
そうこうしていると、ジェリーさんが恐る恐ると言った感じで本題を切り出した。
『昨日、お願いしたことなんですが、再度お願いします。どうか、非力な私を人間の城へ連れて行ってください。連れて行ってくれるだけで結構です、どうかお願いします!!』
昨日聞いたお願いである。
正直、心配と不安しか出て来ないお願いである。
人間……人間か、人間とは俺の良く知る生物である。つか、俺はもともと人間だったしな。この世界における人間が、南極に潜むニンゲンとかそんなんで無い限り、いうまでもなくよく知っている。
大抵の人間は大小様々なコミュニティを造り社会を形成する生き物だ。一番小さなコミュニティが恋人やら友達関係、そこから会社であったり学校であったり地域があったりして、一番大きなコミュニティがそれらの集合体である社会であり文明であり国なのである。
関係ないが、そのコミュニティから外れたものは孤独である。ひとり孤独に自分の城を守り続けるのだ……世間ではそう言った守護者をニートと呼ぶ。
城というのは俺の個人的な見解だけど、その国の権威の象徴のひとつであり、人間の集合体の中に位置するものだ。つまり、周りに人間が沢山いる。
まぁ搔い摘んで俺の心配を言葉にすると。
『この世界のスライムや俺サイズの狼が人間にどの程度の扱いを受けているのか知らないけども、人間の城に行くって言うのは危険過ぎやしませんかね?』
で、ある。
俺だったら、街の真ん中を俺サイズの狼が闊歩していたら、保健所呼んで警察呼んで、自衛隊に電話する。
つーか、魔物だよ? なんで魔物が人間の城に用があるんだよ?……そもそもの謎である。
魔物は魔物らしく自分のテリトリーから出ないに超したことがないのだ。
引き蘢りライフ、レッツエンジョイ!!
しかしながら、ジェリーさんにものっぴきならない事情があるのだろう。いや、知らんけど。
それにこの世界ではスライムは高待遇かもしれないし……一応聞いてみる。
『ヴァウ?(えーーと、ジェリーさん? 危険過ぎやしませんかね?)』
『危険は承知のうえです!!』
即答された。
どうやら俺達が人間の城に出向くと危険が付いて回るらしい。
それはつまり、討伐される的な?
ぶっちゃけ、そんなものに付いて行くのはご免被りたいのだが……しかし、ここに俺1人残った所で飯のアテは無いし、昨日のゴブリンとか来たら心細い。どうにかして説得したいが……
ジェリーさんを見る。
そのつぶらな瞳には確固たる意志が垣間見え、俺に真摯にお願いしている。
やはりというか、当たり前というかジェリーさんを説得しようにも、何故、人間の城に行きたいのか動機を知らねばなんもできないか……
『ヴァウ?(なんで人間の城に行きたいのですか?)』
そう問うと、ジェリーさんはまるで『聞かれるとか思っていなかった!!』みたいな顔をした後、数秒静止してスライムのパーツの少ない顔で器用に顔を引き攣らせながら……
『……い、生き別れになった兄妹が、えっと、その、人間の城に囚われていて、た、たすけに行かなければならないのです!!』
と、答えた。絶対に嘘である。
しかし、まぁ、うん。なんとなくどうしても人間の城に行かねばならないのは伝わった。
さて、どうするか……
そもそも俺はジェリーさんのことをよく知らない。
まぁ、それは仕方ない当たり前だ。俺じゃなくたってこんな短時間で相手のことを知り尽くすことなど不可能だろうし、俺は自慢じゃないがコミュ障だ、相手が人間だろうがスライムだろうがこのバッドスキルを外すことなんか出来やしないし、発動するのだ仕方ない。その辺りは自覚している。
それにコミュ障がなくたって、俺には現実逃避スキルに楽観主義スキル、あと基本自分本位という、一流のニートを目指す気味に必須のスキルとでも言うべきバッドスキルがデフォルトでついている為、こんな状況にならない限りジェリーさんについては深く考えない様にしていたことだろう。
まぁ、あれだ。
サ◯エさんが一向に三十路にならなくたって、ドラ◯もんに対する周囲の反応が普通過ぎたって、某名探偵コ◯ンが『麻酔銃でおっちゃん眠らせ過ぎじゃね、おっちゃん麻酔利かなくならないの?』って思ったとしても基本突っ込み入れないだろ?
基本的にそれと同じで、だから俺はジェリーさんが普通に喋れたって、魔法みたいなもんが使えたって、『たかがスライムにしては万能過ぎじゃね? この世界のスライムのハードル高くね?』って思ったとしても気にしない様にしていたし考えない様にしていたんだ。そう言うもんだって思うようにしていたし、思いたかった。
しかし、食事を提供してくれるとなれば深い関係にならざる負えないし、ジェリーさんのことについてある程度考えてしまう。これからも関係を続けるなら、今回の様にお願いごとをされることもあるだろう。
まぁ、もともと、飯の為ならある程度のことはする気ではあったのだが……人間の城はハードルが高過ぎである。
さて、問題はジェリーさんのお願いを利く価値があるか?
俺にとっては、ここまでの飯の礼としてはおつりが来る程の仕事である。
人間的に真剣に考えて、ジェリーさんはぶっちゃけ不信だし、信用には値しない様に思える。
しかし、ジェリーさんが俺を利用して切り捨てる意味が分からないしメリットはないように思える。
それになによりスライム可愛い。可愛いは正義である。可愛いに勝る者は無い。
アレコレ考えたが結論はシンプルだった。
俺が承諾の意を込めて頷くと、ジェリーさんは目を細めて飛び上がった。
うん、送り届けるだけ。他に俺に仕事はない。
このときまで俺は本当にそう思っていた。