11話 初めてのお肉
泉のほとりに戻りランチタイムの準備が始まっていた。
ジュリーさんはその小さい身体をぴょんぴょん、ずるずる、ぴょこぴょこと動かし、俺用の果物やら2匹の飼い犬用の小動物のお肉やらを並べている。
その様子は可愛らしいのひと言に尽きるものがあり、ゆるキャラを彷彿とさせるユルさとあざとさが垣間見えた。
うん、イイネ。
殺伐とした自然界にはこういう癒しが必要だと思うんだ。
さて、俺はと言うとノンビリグダグダ日向ぼっこしながら食事が用意できるのを待っている。
手伝わないのかよ!!……とかいう無粋な突っ込みは華麗にスルー。ジェリーさんが可愛らしく頑張っているのを邪魔するのは、TPOをわきまえない愚者のすることだと思うんだよね。
……まぁ、ぶちゃっけた話し、我がマイホームから食事を運び出す簡単なお仕事を、手も使えない狼さんな俺が手伝っても良いこと無さげだったんだよね。口で咥えるのとか慣れてないし絶対に落とす。つか、生肉を咥えるのとかこの期に及んで抵抗ある。
2匹のワンコも、その辺わきまえているのか、昨日の今日でジェリーさんに待てでも仕込まれたのか、この集団のなかでの立ち位置が解っているのか定かではないが、キチンと俺の横でおすわりして待っている。
なんとなくだが俺はこの2匹に動物的な親近感を抱いている。
本来の自分なら、昨日あんなトラブルを持ち込んだ駄犬など『しんじまえ』程度にしか思えないし、そもそも小型犬ならともかく大型犬は得意な方では無いのだが。それが何故かそうは思えない。ジェリーさんに向ける庇護欲とは別に、何故か守ってやるか程度の感情が芽生え始めている……不思議だ。
まぁ、現在俺は狼になっている。動物的に近縁種たるワンコ共に親近感でも産まれているのかもしれない。
そうこのワンコ共、よくよく見ると賢そうな面をしてやがる。
あれだ、密着警察24時とかで映ってたドーベルマンに本当によく似てる。
これは躾けたらボールくらいなら拾って来そうである……俺にボールを投げる手段は皆無だが。
そう言えばジェリーさんが名前を付けていたか?
確か、クレアとライアン……どっちがどっちなのか全く解らない。
『はいは〜い、お待たせしましたぁ』
そうこうしているうちに食事が並べられていた。
俺の前にはあの洋梨の様な果物がひとつ、ワンコ共の前には小動物の肉である。
『バァウワウワ!!(いただきます!!)』
俺はそう言うと即座に果物に齧りついた。
甘い果肉が口の中にじんわりと広がって行く、美味しい。
少々、がっつきながら食べる。
正直、お腹が減っていたのだから仕方が無い。なんかこの姿になってから飯のことしか考えていない気がしないでもないが仕方が無い。自然の摂理だもの。
食べ終わるのにものの5分もかからなかった。
ごちそうさまをして顔をあげるとワンコ共が不思議そうにこちらを見ている。
何事かとおもって首をひねったら、コイツらいただきますしてから一向に飯に手を付けていない。
こやつら『お残しはゆるしまへんでっ』の精神をしらないのか? そんなことではこの厳しい野生を行きて行くことなど不可能だぞ?
訝しんで見ていると、今度は自分にあてがわれた肉を俺の方に差し出して来た。
何事か!!? あれですか? 苦手な食べ物を隣の席の友達に食べてもらう系のヤツですか!!?
ごめん!! 俺は生肉無理だからっ!!
困惑していると、こちらを見ていたジェリーさんが目を細めた。
『たぶん、狼さんを群れのボスだと思っていて、狼さんがお肉を食べないのを不思議がっているのだと思いますよ? 確か、ガルヴォルフにはそういった習性がありますからぁ』
ほう、このワンコ共はガルヴォルフという種類らしい……なんというかファンタジー系の魔物にありがちな名前である。まぁそんなことはどうでもいいか……
なんとも驚愕である。俺を群れのボスだと思っていたとは……
しかしながら俺は肉を食べられない身。お気持ちは有り難いが、お気持ちだけで十分である。
グゥーーー
珍しく俺の腹の虫ではない、ワンコ達のお腹の虫だ。
そんなに腹が減っているなら、俺に構わずに喰えよっ!!
しかしワンコ達は腹が鳴っても尚、俺が食すのを待っているようで一向に口をつけようとしない。
『クゥーーン、クゥーーン……』
切なそうに喉を鳴らし、捨てられた仔犬のような視線を俺に向ける屈強な大型犬が2匹……絵面!!
しかし、どんな表情をされようとも俺はコイツらの好意に答えることは出来ない。つか、マジ、まだ生肉とか抵抗があって食べたく無い。
必死に抵抗する俺にジェリーさんが不思議そうに訊ねた。
『なんでそこまでお肉を食べるのを嫌がるんですか? 私はまともに狩りができなかったので、狼さんに差し上げるご飯を果物にさせて頂いていたのですが……』
ジェリーさんも心底不思議そうである。
まぁ、そりゃあそうだろう、狼ってのは本来肉食系の動物である。
ソレが肉を食べないのは些か不自然ではある。
『クゥーン……(実は……)』
俺はジェリーさんに肉が食べられない理由を説明する。
生肉は無理なのだと、せめて火を通して欲しいと、出来ることなら血抜きもお願いしたいと……
俺の答えを聞いたジェリーさんは会得したように頷くと、それでしたら、と呟き俺の前に置かれた肉へと近付いた。
『炎よ、塵と共に踊れ!! 《篝火》!!』
突然そう呟いた。
何事かと思って見ていると、肉の下に円形の紅い光で出来た魔法陣が浮かび上がった。
それだけでも驚きなのに、今度は魔法陣の中心から小さな炎が吹き出て、生肉をこんがり肉へと変えて行く……否、肉のことなど俺はもうどうでもよくなっていた。
『バ、バウ!!?(ま、魔法!!?)』
『え? あ、はい、魔術ですよ? なにか不思議ですか?』
俺が呟くと、ジェリーさんはさも当然の様に返す。
まぁ、この世界に魔法があることは認識していた。どうやら、俺も使っているらしいし……
しかし、改めて目の前で使われると驚きしか出て来ないし、感動で泣きそうになる。
つか、スライムが魔法って斬新だな……あんまりスライムが魔法を扱うという印象を持っていなかったため、その点に関しても驚きである。
きっとアレだ……ジェリーさんはホ◯ミスライム系のスライムなんだろう。無理矢理納得する。
数分間、肉が炙られ美味しそうな臭いを辺りに充満させ始めた。
魔法の感動など一瞬で消え失せた。
久しぶりに嗅ぐ肉のやける臭い……
一時、満腹になった俺の食指を再び蘇らせるには十二分に蠱惑的であった。
魔法陣が消え炎が止まり、焼かれた肉が俺の前に提示される
思わず涎が落ちる。だって、久しぶりの肉なのだもの。ソレにこんな美味しそうな臭い反則だぁ。
それはワンコ達も同様のようで、しかし俺以上に空腹である筈のワンコ達の限界は近そうであった。
そう、これは人助けならぬ犬助けなのだ。
俺がひと口食べねばコイツらはこの肉を食べることは出来ない。
恐る恐る近付き、臭いを嗅ぐ……
ジューシーな臭いが鼻孔を刺激した。
瞬間、思いっきり齧りつく。
口内に広がる肉汁、肉特有の食感、香ばしい臭い!!
犬の取り分など忘れる程に食べてしまった……申し訳ない。
我に返り反省していると、ジェリーさんが微笑んだ。
『美味しそうに食べて頂いて良かったですぅ、最初からこうしていれば良かったですね。まだ、お肉は沢山あるのでいっぱい食べてくださいねっ!!』
よかった、お肉は沢山あるのか。
犬のご飯が無くなってしまっていたら、本当に申し訳が無かったので安堵する……
しかし、ふと疑問に思う……そんな大量の肉をどこで手に入れたのだろう?
ワンコ共が狩ってきたのだろうか?
少し考え、俺は恐ろしい考えに行き着いた。
恐怖に震えながらジェリーさんに訊ねる。
『バァ、バウ?(ジェリーさん、これなんの肉なの?)』
『え? やだなぁ、昨日、狼さんが倒したゴブリンのお肉ですよ?』
俺は盛大に泉にリバースした。