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10話 森の奥

 目が覚めると朝の暖かい日差しが降り注いでいた。

 周囲は血腥い臭いに包まれており、この場所で惨劇があったことがうかがえた。


『クゥウン……(やっぱ夢じゃないのよな……)』


 しかし、不思議なことにゴブリン共の死体はひとつも見当たらない。

 それどころか、ゴブリンを連れて来た2匹の犬の姿も、ジェリーさんの姿も確認することが出来なかった。

 ぶっちゃけ、あの2匹の犬に関しては頗るどうでも良い。問題なのはジェリーさんの姿が見当たらないことである。もしかしたら、あの惨劇の中で命を落としてしまったのではないか?……嫌な想像が頭を過った。


 そう、もしここでジェリーさんが死んでしまっていたら、俺のご飯は誰が用意してくれるというのだ!!

 ジェリーさんがいなくなってはマトモな食事にありつけない……飼い主がいなくなったペットは孤独と空腹に苛まれるというのに!!


 とはいえ、この場所でじっとしていても自体は好転しない。

 もしかしたら、ジェリーさんは近くに居るのかもしれない探しに行くか……


 とりあえず重たい身体を起こし、口の中に広がる鉄の味に吐き気を催しながらも、どうにかこうにか泉まで移動し返り血を洗いに行く。

 自分でも解るくらいには血だらけのようだったし、顔だけでもゆすいでおこうと思ったのだ。

 顔を水に付ける直前に『アレ?俺って怪我してなかったかな?』と思い、ゴブリンに付けられた傷が滲みるのを覚悟したが、しかしその心配は杞憂だったようだ。全然滲みないし、どうやら塞がっているようだ……

 この辺の謎の治癒力に関しては深く考えない様にしている。なんとなくファンタジーな世界なのは解ったし、元々頭の悪い俺がアレコレ考えた所で意味など無いのだ。


 俺は、郷に入れば郷に従うし、長いものには巻かれて行くタイプの人間である。否、今は狼か。


 ひんやりと冷たい水が顔全体を包み込むのは正直きもちい……本当に、この水を含んで重くなる体毛さえ無ければ本当に最高なのだけどな!!

 顔を上げると、水に濡れた犬がよくするブルブルってやつを真似して水を飛ばす。


『バァウ!!(あ、割と難しいはこれ!!)』


 見よう見まねでやったからか、それともあの動作には熟練度があるのか解らないが、思ったより水を飛ばすことは出来なかった。

 それから数回チャレンジしてみたものの上手くはいかなかった。

 

 水面を見ると、毛がボサボサになった大きな狼の姿があった。

 一瞬、夢に出て来た狼の姿を思いだし全身に緊張が走るが、無論それは紛うことなき現在の俺の姿である。

 自分のあまりのビビリ加減に苦笑しつつ、やっぱり人間には戻ってないなと自嘲した。


 つか、俺は人間に戻りたいのだろうか?

 そもそも、俺は元の世界に戻りたいのだろうか?

 そんな、異世界転移ものの主人公が普通最初に出くわす問答を今更抱いてしまう。

 しかし、そんなものは直に消し飛んだ。


グゥーーー


 鳴る腹、迫る空腹、アテの無い食事への不安。

 そう、そんな異世界トリップものの主人公の悩みなんて心底どうでも良い!!

 俺はそんなことより目先の食事の心配をする!!

 だって仕方ないじゃない!! 生き物だもの!!


 まぁ、とはいえ空腹の危機と同じくらい、風邪とか引きたく無いのでもっかいだけブルブルする。

 端から見たら結構滑稽な狼の姿があったことだろう。

 これ以上やっても無駄と判断し、仕方が無いので半乾き状態で妥協。


 さて……

 泉周辺を見渡すと、俺は頭を傾けた。


『ワウ?(どこから探すか?)』


 そう、探すと言ってもアテなどないのだ。

 森の奥を頑張って探してみるか?


 否、ダメだ。この森の奥にはまだゴブリン共が居る可能性がある。

 アイツ等のあの容赦のなさを思いだす。今思うと割とヤツ等の狩猟は思いのほか知能的であった。武器をもったゴブリンで獲物を囲み、代わる代わる武器で甚振り、時を見計らって縄で捕縛する……あんな狩猟スタイルを持った連中だ、森の中で待ち伏せしていてもオカシクないし、もしかしたらトラップなんてものを仕掛けているかもしれない。危険だ。


 まぁ、そんなことを言い出したらソレこそ森の奥に居るかもしれないジェリーさんの命が危ない訳だけども……ぶっちゃけ、ジェリーさんの命より自分の身の安全の方が大事である。

 そりゃ、空腹になるのは困るし餓死するのはまっぴらゴメンだ。しかし、食料にしてもなんにしても命あっての物種である。俺は例え狼になったとしても自分の命は大事にしようと思う。

 ……とはいいつつ、寂しい。


 孤独は死に至る病である。

 探しに行こう。

 俺は森の奥へと歩を進めた。



 鬱蒼と茂る森の木々は朝の光を心地良さそうに浴びている。

 どこからともなく小鳥のさえずりなんかが聞こえて来て、それとなく良い雰囲気の森である。

 人間だった頃には別に森林浴の趣味なんてなかったし、森や自然の良さなんてイマイチよく解らなかったが、狼になった影響だろうか? 森の自然がとても気持ちよく感じられる。

 まぁ、ここ数日の出来事で心がすり減って、無意識に癒しを求めている可能性は大いにあるが……


 自分で食料を探しに行ったり、狩りをしようと試みたとき何度か森の奥へは潜っているため、ここ周辺の地形はなんとなく解っているし、目印になるものも何個見つけている。だから、泉の周辺はほとんど迷うこと無く探索する事が出来る。


 とはいえ数回森の奥に足を踏み入れただけなので、無論この森の全てを知っているなどとは驕らない、故に慎重に進む。ゴブリンの存在も怖いし……そう、ゴブリンの存在がどうしても解せなかった。


 ひとりのオタクとしては、ゴブリンが居てくれたことは素直に嬉しい。

 あ、別にゴブリンが好き過ぎる特殊性癖な訳では無い、本当にファンタジーの憧れの具現として好きなだけである。

 しかし、これまでに何度か森の奥に進んでいる者としては頭を捻ってしまう。

 理由は、昨日以前に森を探索した時、俺はゴブリンなんかと出くわさなかったし、人型の生物の痕跡など一切発見出来なかったからだ。……訂正、一番最初にクマさんにパクリされてる人以外にはしらない、といった方が正しいか?


 この森のことを熟知しているなんて驕りはしないが……なんとなく違和感を覚えてしまう。


 今、歩いている森もそうだ。

 一見、穏やかそうに見えるが、どことなく様子がオカシイ様に見える。

 何故だろう?……と、頭をひねったとき、近くの茂みからソイツらは飛び出して来た。


『ワウーーン!!』

『クゥーン、クゥーーン』

『こら、クレア!! そんなに急いでいかないでくださいよぉ。ほぉら、ライアンも頑張ってください!!狼さんを見失っちゃうかもなんですから……あ、狼さん発見です!!』


 飛び出して来たのは2匹の犬。

 そう、あのとき俺達の居る場所にゴブリンを連れて来た傍迷惑な犬共である。

 確かこの2匹はゴブリン達にリンチされていた筈だが……とても元気そうである、飛んだり跳ねたりしてやがるし、何故かめっちゃ尻尾を振っている。

 そして、1匹の犬の背中には俺の探し求めていたスライムの姿があった。


『もぉう、ライアン落ち着いてください!! 狼さんも、いきなりいなくならないでくださいよぉ!! ご飯食べちゃいますよ?』


 ジェリーさんがそこに居た。

 自然と口元がほころんでしまう。

 うん、やっぱりスライムは可愛いわ……自分でも、ジェリーさんの命を見捨てようとしたことなど棚に上げているのが解るが深く考えないでおく。

 彼女の口ぶりから察するに、どうやらジェリーさんと俺は行き違いになったようだ。

 こんなことなら、もう少し待っておくのだった……無駄骨は身体に堪えるし、なるだけしたくないものだ。


『バァウ(申し訳ない)』


 俺が言うと、ジェリーさんは目を細めた。


『解ればいいんですよ、解れば。ではでは、泉のほとりへと戻りましょう!! ゴブリン共に邪魔されたお願いの話しの続きもありますし、ご飯も狼さんの寝床に置いて来ましたし』


 乗っている犬に指示を出し、泉へと戻るジェリーさん。

 その姿はそこはかとなく愛らしく、庇護欲を駆り立ててきやがる。


『バァウワウ……(ジェリーさんよ、いつから飼い犬が増えたんですか。俺だけじゃ不満ですか……)』


 なんとなく飼い犬根性に目覚めている俺が居た。

 自分でも人間としてどうなのよ、と思う瞬間はちょっぴりある。しかし、まぁ、元々ニートですし? 親に脛を齧って生きてる、ペットみたいなものなんだよね(悟)。


 とはいえ、お願いか……正直、ゴブリンの襲来があって忘れていたことではある。


『私を……どうか、人間の国の城へと連れて行って欲しいのです』


 そのお願いを思いだし、本当に今更ながら思ったことがあった。


(え? なんでスライムが人間の城に行きたがるのよ?)

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