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常初花に露が落ち

 



 冬になった。

 ノエルが──まだ信じられないがつまりノアライン特級が、おれの弟子だったころから季節をいくつか跨いだ。あの後のことを簡単に言うと、森の外からも見えた火柱に気付いたギルとミリーの母親が怯える二人を連れ帰り、ノアライン特級とアレン上級が黙って消えてしまった後に残った騎士が軽く状況説明をしてくれた。ノエルは「物語魔法ですね」と笑った性転換魔法を軽く使いこなす本物の伝説で、数日前に居なくなったと思ってた特級はほんとは一年前からずっと此処にいたんだと。

 雲の上みたいな存在がノエルだったってことは未だに実感わかないが、ノエルが居なくなったことは日々感じていた。

 初めて見る魔獣と魔法に怯えた子供たちふたりは、しばらくしてまたやってくるようになった。視線はノエルを探していて、でも居るわけがないので少し落ち込んで、今ではほとんど足を向けてこない。ああそう、魔獣は住処が崖崩れを起こしてたらしい。それで移動中だったとか。運の悪い話だ。

 ミリーに渡すはずだった花の香りの薬草茶は、結局うちの棚に置かれたまま、たぶん飲み頃を逃してしまった。渡しそびれて、自分で飲むにもどうもうまく煎れられない。特級魔法使いがなんであんなに家事できたんだ。平民顔負けどころじゃないぞ。


 で、それ以外はおおかた以前に戻った。自分でつくるめしはまずいし、掃除も雑になったけど、それだけだ。新しい弟子を募集するかはまだ迷ってる。募集するなら部屋を片づけないと、新しい弟子の仕様に。

 時期が、なんて言って後回しにしてたのは、あともうちょっと後回しでもいいだろうか。

 こっちは後回しにできない、薬の納品ついでに一年溜めてた新聞を回収してもらった帰りに思う。一年分の新聞には、当然のごとく例の特級捜索願い一面のものが含まれていて、よく見れば毎号違う絵姿だったことに今更気付く。

 長い睫毛、色素の薄い輝く長い二つ結び、華奢な体躯。間違いなくノエルと似た美少女。それはどうにも捨てづらくて、直前で引き取ってきてしまった。

 でも。

 家の前まで着いて、片手で仕舞った鍵を探りながら新聞を見下ろす。でもなあ。


「なーんか、似てないよなあ……」


 「ノエル」と比べているからだとは思うけど。うーんと首をひねりながら、ひっかかって出づらい鍵をようやく外に出した。かけなくたってかまわないけど、入って待ってた客に未加工の薬草なんかダメにされたらめんどくさい。

 そのまんま感覚だけで鍵穴を探す。かつん、かつん、何度か入り損ねる。


「顔はほとんど一緒だったと思うんだけどなあ」


「アレンの絵は本人の好みが混じってますからね」

「アレンって、アレン上級? 彼が描いたのか、これ」


 昔からの趣味なんですよ、と、落ち着いた声。…………ん、ん?

 穴を見つけられなかった鍵が地面に落ちる。新聞から顔をあげれば、探すまでもなく声の主が壁に寄りかかっていた。

 暗色のローブ、きらめく長い銀髪。美少女顔だったノエルよりいっそう美少女然としたほんものの美少女が、無表情のまま平然と片手をあげた。


「こんにちは師匠。お久しぶりです」

「お、おま、ノエル……っじゃなく! ノ、ノアライン特級!?」

「ノエルでも構いませんよ」


 しなやかな手が鍵を拾い、的確にがちゃんと開錠。半身のおれの横をすりぬけ躊躇なく家に入り込み、手を振るだけでかまどにぼっと火をつけた。水を用意して火にかける。同時にこころなしか部屋の空気が暖まっていて、呆然としつつ上着を脱いだ。

 特級は戸棚を開けて茶葉を取り出し、いやそうに「湿気てる」と呟いて戻して、薬棚からいくつかの薬草を取り出して混ぜ合わせる。見慣れてるような見慣れてないような、へんな光景に、のろのろと新聞を置く。

 ほとんど同時に、特級は机に茶をふたつ置いた。

 そこではっとして表に戻る。左右、遠く、目を凝らす。冷たい風が吹き抜けた。


「どうしたんですか、冷めますよ」

「えっ、ノエ、特級、お、お一人で?」

「私よりアレンに会いたかったんですか?」

「いやそんなわきゃないですけども」


 ないですけども、なんで居るんだアンタ……。懐かしい香りをたてる茶にふらふら手を伸ばし、まじまじとその美貌を見る。


「な、なんで戻って……もう二度と会うこともないのかと」

「師匠たちが怯えたままだったらそのつもりでしたけど、寂しそうだったので」

「寂しそうって」

「…………いえ、違いますね」


 記憶の顔と少し違う顔が、記憶と全く同じに柔らかく微笑んだ。整った眉が下がって、冷たい無表情が崩れる。


「私が、寂しかったんです」


 さらり、と、銀髪が一筋、頬にかかった。








 っはあああああ、若いね、おっさんまだまだ若かったね!

 ノエルのときも時たま美少女ぶりに息を飲んだもんだけど、本物の美少女だと思うと格が違うね! 死ぬかと思った! 相手がただの美少女だったらコロッといってケツの毛まで毟られてた!

 一瞬止まった心臓がばっくんばっくん鳴り響き、落ち着かせるために薬草茶を飲む。懐かしい味と深呼吸で、ゆっくりいつもの調子を取り戻してゆく。

 深刻げな別れ方して音沙汰なかったとか、相手が生きる伝説な美少女だとか、そんなせいで緊張してたのも溶けてしまった。

 気が抜けて、へらっと笑う。


「あんまりおっさんをからかうもんじゃありませんよ」

「まあ、冗談じゃないんですが、本題は見習いを再開しに来ました」

「またまたあ、て、見習い? なんの?」

「なんのって、師匠が教えられるのなんて調薬くらいじゃないですか」


 失礼な、他にもあるわい。

 じゃ、なく。


「見習いって、うちで!?」

「あ、門限はあります。住み込みは認められなかったので」

「そりゃそうだ、未婚の男女が! でなく! なんで!?」

「なんでって、言ったじゃないですか? 私、薬師魔法使いになりたいんですよ」

「薬師……ほんきで……ていうか、なんで、おれ……」


 頭がいたくなってきた。でも、ノエルがいない生活に寂しさを感じていたのは確かだから、いいか。ノエルが特級で特級がノエルなんだし、と、自分を納得させて頷いたところで、特級はノエルらしくない悪戯な少女の笑みを浮かべた。


「本気ですよ、もちろん。師匠のこと、一緒に住んでも良いくらい好きですし」


 がっしゃん。

 溢した薬草茶はすっかり冷めて、量も少なかった。特級はにっこり首を傾げている。

 だから、おっさんをからかうのは、やめてくれってば!





 

お読みいただきありがとうございました!

勢いだけで書いてしまったので、わかりにくい点や説明不足な部分があると思います。ご指摘いただけると、加筆修正や今後補足短編を書く参考になりますので、とてもありがたいです。

(後日談など投稿の予定があります)

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