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8/10

彼/彼女

 



 がたん、と跳ねた馬車の中で、ノエル──ノアライン特級魔法使いは、不機嫌に外を見ていた。馬車の用意はなかったが、なにかから馬車を作るのは物語魔法の得意とするところだ。

 一年間浮かべ続けていた穏やかな表情は跡形もなく、長いまつげを軽く伏せ、氷のような冷たい美貌を凍らせる彼女を、向かいに腰掛けたアレンは困ったように笑って見つめた。


「まさか下級魔法使い見習いなんかやっていると思いませんでしたから、時間がかかってしまいました。性別まで変えられるとは思ってもいませんでしたし」

「性転換だけじゃなく、年齢や顔を変えてもよかったんだがな」

「ご冗談を、そこまで自在に変えられるならば各地を動いた方が見つかりづらかったでしょう? あんなつまらない場所に身を隠さなくとも」


 ふん、とだけ返事をして、次第に褪せてくる道の色をじっと追っていた。

 正直なところ、変えるだけならば難しくない。アレンの言うとおり各地を転々とするならば、ノアラインだって様々な姿をとったことだろう。

 変えるよりも、維持する方が難しい。すべてを変えなかったのは、安定した姿をとって、はじめから一ヶ所に腰を据えるつもりだったから。その一ヶ所を、薬師魔法使いの家にすると決めていたからだ。

 幼い頃から特級魔法使いとして扱われ、そうして過ごしていたけれど、多すぎる魔力が役に立ったと思うことはほとんどなかった。たまに魔獣討伐に呼ばれては、幼い少女に守られてなるものかと奮起する騎士らを見守り重傷人を治療する。治療に本腰をいれようにも、魔法に馴染みのない人々は受け入れ難いと拒否をする。

 戦力としては、国が使わないと決めた。強大な魔力を「もしもの時」に借りる契約で、力を国の運営に組み込むことはない。

 魔法使いになったその時から、アレンら騎士に守られるお飾りを続けていた。

 ローリー冒険譚のレオンに憧れていたのは、ほんとうである。レオンは自分の魔力を人のために使って満足していた。薬師にもなりたかった。治癒魔法の使えるノアラインに調薬なんて無駄だと教えを請うこともできなかったけれど、さまざまな材料をさまざまな方法で組み合わせて人のためになるものを作る、それはどんなに素晴らしいことか。己の魔力を多くの人々のために使え、感謝される、それに比べて自分の膨大な魔力はなんのために。

 だから一年間ずっと、彼女は楽しかった。

 憂いを乗せたため息が零れる。アレンはきょとんと目を瞬かせ、それから理由を推測して微笑んだ。


「縁談の話は申し訳なかったと、陛下が。これからも自由にして良いと」


 自由にして良いなら帰してくれ、口にしかけて噤む。国の危険を察知できる場所に居るのも契約のうち、一年もそれを破っていたのは自分だ。

 先に破ったのは、国だけれど。

 斜向かいで微笑む男をちらりとだけ見る。アレン・ローウェル。紫の髪に蜜の瞳をした、美貌の男。

 幼い頃から側につけられていたこの男を、国がノアラインの伴侶にしたがっていたと知ったのは一年前のこと。契約では、個人的な干渉は禁止している。それだけでなく、十五を迎える頃から年頃の異性をさしむけられるようになって、最後にはハッキリ「結婚しろ」と言われた。

 魔力の多いものから魔力の多い子が産まれるわけではないと、歴史が既に証明している。

 なのに一代限りでは惜しい特級魔法使いの子に期待をかける、そんな態度が彼女に出奔の決意を固めさせた。薬師魔法使いに弟子入りしようと思ったのはその時だ。

 上級になるほど、魔力を流せるだけの下級を「なりそこない」と見下す傾向にある。なんにでもなれるノアラインが、「下級ごとき」の弟子になって家事や雑事をこなし、「下級ごとき」に教えを請うているなどと想像もしないに違いない。なにより、魔力を人のためと思って使うのは楽しかった。魔法使いになってはじめて人のためになっていると感じていた。

 一年間見つからなかったのは運が良かった。というより、なりふり構わず探し始めるのはもっと前のことになるかと思っていた。それを思えば、一年間自由にさせてくれていたと思う方が自然だろうか。

 特級魔法使いなんて、平時には必要ない。主な役割は他国への抑止力。であれば、とうとう不在がばれてすぐに見つけなくてはいけなくなったのだろう、とは、新聞に大々的に広告が載ってから気付いていた。

 時間切れを察したくせにずるずると引き延ばしていたから、自力で戻るより先にアレンに見つかってしまったのだ。それで魔獣から三人を守れたのだから英断だったけれど、せめてもっと穏便に去りたかった。


「戻ったら、いろいろ面倒だな……」


 縁談を押しつけられていたのとは違って、自分の責であるからまだやる気はある。


「北と南でそれぞれ一発くらい火柱をあげたら充分だろうか」


 穏健派の国王は、きっと反対するだろう。穏健派と言うより魔法を疎んでいるようでもあるが、牽制になるので断固拒否というわけにもいくまい。

 アレンが「楽しみですね」と微笑むのを見て、国王以上に魔法を恐れたかれらのことを少し思って、ノアラインは目を伏せた。





 

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