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激つ風と移ろう木の実

 



 帰りましょう。静かな声だった。落ち着いた、いつも通りの。静かな瞳は泉と同じ色を湛えている。びくりと震えた幼い肩に気付かないはずはないのに、何も言わず炭に近付きおれの落とした籠を拾った。

 まっすぐおれに歩み寄る、強い力が手のひらにかかる。子供の握力ってのは、こんなに強いものなのか。頭のおくがじんじんするのを、どうにか両手の痛みがまんなかに押さえつけていた。

 花が踏まれる。ゆっくりとローブが近付いて、三人の誰にも触れないまま通り抜けた。


「聞きたいことはあるでしょうが。とりあえず、森を出ましょう。」


 帰りの道中は、行きと違って静かだった。音が聞こえる度に子供たちは怯え、先頭のノエルが視線を向けても足を止める。

 聞きたいことがなんなのか、おれはまとめることができなかった。歩きながらひたすら何が起こったのか考えていた。ギルが、ミリーが、魔獣が、火が。なぜ。なんで。ノエルは、いったい。

 ローブの背中は淀みない足取りで進む。そしてようやく森の木々は密度を減らし、固められた地面を進んで、手の入った草を踏みしめた。森が途切れる。二人の子供は見知った光景に手を離し、恐怖の根付いた森から駆けだした。気付いたノエルは、さりげなく道を開ける。おれにも促すように目をやった。ノエルを森に、外へ。けれど。

 遮るもののない光に顔を上げたおれたちは、全員その場に立ち止まった。

 ほんの少し間を空けて、ノエルも前に進み出る。彼はおれたちの後ろに居たが、立ち止まったことはわかった。

 銀色が光を浴びた、きっとその時。

 ずらり並んだ騎士団(・・・・・・・・・)が、一斉に膝を突いた。

 中央の青年だけが顔を上げて、蜜色の瞳がおれの後ろに視線を投げかける。精悍に整った顔が、強ばりを解いた。


「ようやく見つけました」


 この青年の顔を、おれはどこかで知っている。必要と別のところで思って、なぜか思いだそうと必死になっていた。

 後ろから、くしゃり、足音。ゆっくり振り返れば、ノエルがこちらに進んできていた。いや、こちらではない。その目が捕らえているのは只かの青年だけ。くしゃ、くしゃり。生えた草が、小石が、土が、彼の後ろに流れてゆく。

 一心不乱にその姿を追うおれに一瞥もくれないまま、ノエルはおれを追い越した。


「!」


 それとどちらが早かったのか。

 うなじを晒していた銀髪が伸び、さらりと流れた。身長は変わらないまま、ローブが一回り小さく落ちる。足音が軽くなる。

 目を見開くおれと反対に、青年は安心を込めて嘆息した。


「こんなところにいらっしゃるとは思っていませんでした。」


 ここで、おれはようやく青年の正体に思い至った。何度か見たことがあった、それもそのはず。魔法使い協会が広報を行うとき、彼はいつも新聞に顔を載せていた。太陽が銀髪を光らせる。暗色のローブを脱いだその体は、今までと同じように華奢なのに、どこか決定的に違う。

 青年の、魔法使い協会 会長、アレン・ローウェルの跪くその相手なんて、そんなの。

 見慣れないしなやかな手が、銀色を梳くようになびかせた。アレン・ローウェル上級は落ち着いた低音で相手を見上げる。


「ようやく見つけましたよ──ノアライン様」


 予想はしていた。

 していたのに、理解までは追いつかないで、未だかたちにならない疑問が喉をせり上がるのを感じていた。

 ノアライン。

 ノアライン、特級魔法使い。

 でも、此処にいたのは、そんなんじゃなかったはずだ。特級が居なくなるよりずっと前から此処にいた。

 一度も振り向かない背中に、声をかける。出た声は、なんでかいつもと変わらない調子をしていた。


「おい、」


 銀髪がぴたりと止まる。振り向かない。それでも声は止まらない。


「…………ノエル?」


 驚きました? なんて振り返って肩をすくめるノエル。冗談ですよ、と、いつもの彼が笑う。

 なんてことを、まだ、どこかで期待していた。

 返ってきた声は、おれの知るそれとそっくりでどこか違う、おれに向けられていない声。

 ノエルは、ノアライン特級は、正面のアレン上級だけを見据えている。


「まさか、見つけるとはね。しかしこれでわかっただろう、私を従えることについて」

「ええ、性別を変えることまでできるとは……貴女はほんとうにすばらしい」


 昨日までと同じを装おうとしたおれと逆に、彼女のしゃべり方はノエルと似ていない。彼が彼女だと言うならば、おれが見てきた一年はずっと嘘だったということか? 下級魔法使いに憧れた、ノエルなんて少年は存在しなかったって。ただちょっと隠れん坊するに最適な変装をしていただけだって。

 疑問に答えると言ったのに、おれの言葉を待たずにこの場を去ろうとするのが証左なんだろう。

 変わっていない銀色はすっかり違うものに見えて、もう声をかけることもできない。遠ざかっていく背中は一回り大きな男の背に遮られ、立ち上がった騎士の背中に埋もれて消えた。馬の蹄が遠ざかる。

 なにも考えたくなくて、呆然と居た子供らを家に帰さねばという義務だけが今の動く理由だった。一度、森を振り返る。

 入り口にふたつ、ちょこんと籠が並べられていて、持ち上げてみるとおれとノエルのそれだった。必要な薬草、蛇、そしてグミロの赤い実。目を逸らしても、片方はずっしりとした重みを伝えてきた。





 

不足キーワード:男体化 でした。

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