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花筵に立つ、

 



 三人がひとしきり泉の周囲を堪能するのを見守って、本目的を探す。えーと、おれの腰くらいの高さで、たしかあのあたり……。おっ、あったあった。

 花畑の外れ、森との境に茂る低木。近寄ってみれば、楕円の赤い実がいくつも生っている。お先にひとつ、パクリ口に含むと少しの酸味と濃い甘さ。思いつきなのに最高の時期、おれの運も捨てたもんじゃない。とてとて近寄ってきた幼女にも、ひとつ口に放り込む。


「わ、あまぁい!」

「だろ? とっておきなんだ」


 なにそれなにそれ、近寄ってきた男ふたりにも木の実を差し出す。躊躇いなく口に入れるギルはもうちょっと警戒心を持った方が良い。

 ノエルは艶のある実の表面をまじまじ観察して、撫でて、生っていた木の葉まで確認してからそっと口に入れた。そこまで警戒されるのもちょっとさみしいものの、ぱっちり開いた目が嬉しそうな色を宿したのでよしとする。鼻高々。ふふふん。


「気に入ったか?」

「オレここ秘密基地にする!」


 おまえじゃない! なんて憤るより先に秘密基地はまずい。記憶力のずば抜けたノエルならまだしも、ギルひとりでは森で迷うのがオチだ。獣をよける術もない。

 ちょっと迷って、先に「それは無理」と否定を入れとく。


「なんでだよー」

「えーっと、実はここは森に認められた魔法使いしか入れない土地なんだ! 今回だけトクベツ! おれが居ないと入れない!」


 実際のとこ、そんなわきゃない。力を持った森に、おれが認められるなんてことがあるか?

 そもそもココはふっつーの森で、魔法使いを認めたり認めなかったりする偉大な森には、魔獣がうようよ。雰囲気からして似つかない。

 でも、村から出ないギルにゃあ、そんなの知る由もない。安全のがだいじ。ちょっと呆れたようなノエルも便乗してくれた。


「じゃあ、私も森に認められる一人前の魔法使いにならないといけませんね」

「うー、オレ騎士になるって決めたばっかりなのに!」

「いいじゃないですか、騎士魔法使い。下級でも重宝されますよ」

「ほんと? そっか、ローリーも剣士魔法使いだもんな!」

「そうそう」


 じゃー魔法使いになろっと! 無邪気に笑い、赤いグミロの実を摘んで口へ。おれもミリーもそうして、ノエルはいくつか若い実を選んでは籠にいれた。あの籠の中、薬草と蛇と甘い実が同居してんだな……。涼しい顔してな……。

 らしいといえばらしいので、何も言わず木の実取りを再開させる。




 しばらく熱中して赤を追い集めていれば、側に三人の姿がないことに気付く。ありゃ。グミロは泉の周辺にしか生ってないので、よっぽどのことがなきゃ遠くには行ってない。

 ぐるっと見回す。ノエルは居た。ギルとミリーは? ノエルのほうには見えないので、逆の方向に首を向ける。こちらには比較的大きな木が並んでいて見通しが悪い。おっとと、監督責任。何かあってはまずいので、小さなふたつの影を探した。

 若い緑が揺れる。


「ギル? ミリー?」


 返事はない。

 もっとよく見ようと踏み出した、そのとき。


「わ、わああああ!」


 がさっ、がささささっ!

 叫び声。飛び出す子供。手に持っていたはずの籠はどこかに消えている。

 転びそうだ。繋がれた手ふたつにそんなことを思う。下草が足をもつれさせている。


「わああああん!」


 声。そして。

 大きく枝がしなり、跳ね上がった。


「な、」


 影。

 二人の、ギルの、三倍はある。黒。思わず引いた足に籠が当たって、取り落としていたことに気付いた。

 声に出ない。が、それを知っている。

 まさか。そんな。居ないはずだ。太い脚、盛り上がった肩。黒の内に牙と爪の白が浮く。


「ま、」


 子供が、ミリーが、とうとう蹴躓く。鋭い爪が翻る。

 獣除けの臭い玉を持っていたことを思い出したのは、それを投げつけた後だった。魔獣の顔に当たり、悶える。強い臭気が鼻に届いて、ようやく思考が働きだす。

 二人の腕を手繰り引き寄せ、唸るそれに背を向けた。正面には青年。


「逃げるぞノエル! しっかりしろ!」


 両手の子供で彼の手は引けない。代わりに怒鳴り散らして、立ち尽くす彼を促した。すれ違う。はらりフードが溢れてそれで、ノエルは。

 銀髪がはらりと瞬いた。端正な顔が強張って……、


「…………え?」


 冷たい美貌には一切の怖れもなかった。静かな、いっそ嘲るような表情で、じっと魔獣を見据えている。

 思わず足が止まる。振り返る。真っ直ぐ立つ彼、と、その向こうでゆらりと立ち上がる巨躯。行くぞ、もう一度言うより先にローブの暗色がはためいた。


 ゴォッ!


 熱。密度の濃い風が押し寄せて、見えたものに目を見開く。

 火柱が魔獣を包み、燃やし尽くして一瞬で消えた。は。見たものを信じられずに足を止めた。魔獣の姿はない。代わりに緑が、花が、黒い円を残していた。真っ黒い塊が、じゅうと小さく音を立てていた。風が吹く。熱気が払われて、ゆっくりと黒い煙が一筋たなびく。

 両手の重さが増して、見下ろすと、二人が目を見開いて座っていた。腰を抜かしていた?

 水の音、葉擦れ、風、鳥の声、虫。音は山ほど溢れているのに、はあ、小さいはずの息がいやに響いた。声変わりをしていない高い声が、いつもの声音で、いや、いつもよりずっと温度のない──冷たくもない、なにも感じられない声で振り向く。だいじょうぶですか。そんな短い一言にギルの手が大きく揺れ、力がこもる。ミリーの手は冷たく冷え切って震えている。

 おれは。

 おれは、なにかを言いたかったのに。

 なにも言えないまま、口を開いて閉じて、息だけを細く溢して、噤んだ。

 強く握られた手を、おれも知らぬ間に握り返して、いた。





 

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