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冒険譚に春笑う

 



 結果から言うと、もちろん薬はちゃんと効いた。当然である。妹と連れだって礼に来たギルを見てノエルがふんわり微笑んだのが印象的で、そのときばっかりは不審者フードがものすごくありがたかった。一年経った今では、熱冷ましだけではなく薬師として最低限のものは一通り作れるようにまでなっている。おれ十人分の記憶力がある。

 熱冷ましの一件では、結果がすぐ実感できる薬のが良いんだろうと師匠も実感した。

 ことんと置かれた薬草茶をひとすすり。新聞を開く。今日はベッドから出て食卓に座っている。新聞の一面は、やっぱり特級の行方不明記事で埋められていた。飛ばして二面、向かいにノエルが座る。


「なかなか見つからないなあ、特級」

「もう他国に行ったんじゃないですかね」

「いやあ、さすがに無理だろ。まだ数日しか経ってないんだから。王都からじゃあ、せいぜいこの辺りまでしか来れないって」

「特級は物語魔法が使えるんですよ?」

「っても、さすがに転移なんてなあ。はっは、冷めた顔して意外と夢見がちだよな、ノエルは。」


 移動魔法なんて物語魔法の極みじゃないか。いくら特級といえど、そんなことが出来たら大々的に宣伝しているに違いない。

 けらけら笑ってやれば、ノエルは不機嫌に顔をしかめた。微妙な年頃の少年にこういうからかいは厳禁でしたか。ノエル以外に多感な時期の若者と接してないので、たまに……たまに? 失敗する。

 しかし大人びたかの少年はひとつ息を吐いただけでいつも通りの顔にもどった。


「夢見がちと言えばそうかもしれませんね。物語に憧れて、今こうしているわけですから」

「物語? ローリーか?」

「いいえ、レオンです」

「レオンん?」


 あのあと気になってローリー冒険譚を少し見たが、確かに子供向けで、おれも当時やってたら憧れてたに違いなかった。主人公のローリーは田舎の村に生まれるのだが、上級魔法使いほど魔力を持っていて、派手に魔法剣を操るのだ。

 しかしノエルの憧れるレオンといえば、しがない下級魔法使いで薬師の幼なじみ。確かに今の立場はそのまんまだけど、憧れる要素はない。感情移入はしやすい設定だけども、地味だから物語で主役張る場面もないし。

 ずっと味方で善良なのは確か。でも、派手な顔した金持ち(たぶん)の子供が憧れるには弱すぎる。

 よっぽど変顔をしていたのか、苦笑を向けられた。


「レオンは活躍こそしませんが、魔力を人のために使って感謝されるでしょう。ローリーはときどき傲慢に力を奮う。守るために戦うのでなく、日々の助けになりたくて」


 いつも通りの無表情にほんの少し穏やかさを滲ませ、そんなことを言うものだから、なんだか思い切りなで回してやりたくなって思った通りに行動する。

 しかし、なんというか。十代半ばで心から支援職を目指すというのは、堅実というのか情熱が足りないというのか。おれの気持ちとしては若干後者よりである。薬師のほとんど、おれも含めて、薬師に憧れたとかいうやつは少ない。必要だったからとか、治癒師になりそこねたからとか、田舎では食いっぱぐれないからとか、そういうのばかりだ。やってるうちに楽しくなったりもするが、初めからそんなのは少ない職である。

 だから、こう、おれに向けてじゃないんだけど、薬師になりたいと言われるとえもいわれぬ嬉しさがある。


「よーしよし、おれが立派な薬師にしてやるからな!」


 うへへへへ。しばらくなで続けると、とうとう鬱陶しくなったか乱暴に振り払われた。一年前よりぱさついた、それでも綺麗な銀髪を手櫛で整える。かわいいやつめ。こんなよくできたのが初弟子で大丈夫なんだろうかおれ。次に弟子取りしたとき絶対比べてしまうぞ。

 先のことはおいておいて、うちの弟子が良い子なので今日はちょっと遠出をしたいと思う。秋に花を咲かせ、半年かけて実を付ける植物がそろそろ甘くなっているに違いない。春が遅いが、もし若くてもそれはそれでうまい。一年家事をしてきたごほうびとしても適当じゃないか、ノエル甘いの好きっぽいし。

 詳しいことは言わず「今日は森に採集な」と言えば黙って準備を始める弟子。必要なのはロープとナイフと獣除けと。薬効のための条件はないので、行って帰れる時間に出れば良い。一年ぶりなのでちょっと道に自信ないものの、たぶん大丈夫だろう。道順メモをどっかに残してた気もする。

 一応確認しておこ。部屋に一旦戻ろうとすれば、表から見知った子供の声。顔を見に行くと、ここ一年でちまちま顔を見せるギルと妹のミリーちゃん。


「よー、何? けが?」

「わかってんだろー。いつものヒマつぶしだよ! ノエルは?」

「出かける準備してる。おはよ、ミリーちゃん」

「お、おはよう……」

「なになに、出かけんの!? オレもついてくー!」

「ええー、うーん」


 まあいいか。道中を思い返しても、さほど驚異のある場所じゃない。ちょっと変わった道は通るけども。

 子供らの格好も問題ない。同行者が増えたことに、ノエルの返事は「そうですか」だけだったが、子供好きなのでいつもちょっと嬉しそうな雰囲気をさせていた。






次回/11 11:00

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