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独り寝師匠と緑陰の瓶




 なんだなんだ、ノエたんはおれが毎日シュミで薬を作ってるとでも思ってたのか。不満をたんまり込めて半眼で睨むと、「ああ、」と合点の声をあげた。


「もちろん仕事だとは理解してますが、医者とかに卸すものだと思っていたので」


 ここでも売ってるんですね、と客であるギル坊に顔を向けて、それから少し首を傾げた。ように見えた。

 このときはまだ深くフードを被りっぱなしなので、多少の角度はよくわからんのである。銀色の髪が揺れたのだけははっきりしていた。

 そして彼が次の言葉を発する前に、客がはっとして机を叩く。


「そうだよ熱冷まし! もう三日も熱だしてんのに、母ちゃんってばじきに治るって薬使ってくんねえんだ!」

「熱ぅ? どう見てもピンピンしてるだろ」

「オレじゃねえよ! ミリー!」

「ミリーって、ああ、妹だっけ?」


 確か四歳だか五歳だか。頷くギルと思い出した姿は似ている。それから、まあ三日じゃなあ、と納得もした。これが長男ならいざ知らず、いろいろと入り用になりがちな春に娘のために薬は買わんだろう。

 おれの薬は村でも買える良心価格だけれども、ちょっと奮発して出す金額なのだ。あんまり安いと下級魔法使いの実績に入らなくて認定の更新に差し支えが出る。逆に、不当に高すぎても実績から抜かれてしまう。相場を考えるのはたいへんなのだ。おれはここで薬師やってた前任師匠の価格を基にしたからラクだったけど。

 さてそれをこの坊主にどう伝えたものか。どうせ子供の小遣いでは買えない。そのまんまが一番穏便だろか。とりあえず口を開いたが、声を発したのはいつのまにか近づいてきてたノエルだった。


「お医者様はなんて?」

「は?」

「あー……」


 出た金持ち発言。そういえばさっきも医者に卸してるだかなんだか言ってた。

 ギルが警戒心と疑問をいっぱいに間抜け顔をするのに、こんどははっきり首を傾げている。育ちの違いが顕著である。

 がしがし頭を掻いて、細い肩にぽんと手を乗せた。


「あのなあノエル。医者ってのは、魔法使いなら中級以上、魔法使いじゃないならすっげー勉強しないとなれないわけよ」

「はあ……?」

「つまりだな。医者ってのはこんなド田舎には居ないし、庶民も診ない」


 え、と珍しく開いた口が閉じない。医者なんてけっこう大きな町じゃないと居ないものだし、ほとんどが貴族含む金持ちのお抱えである。治療院はそれなりの町にならちらほらあるが、治療師は外傷専門で熱の原因は見つけない。

 万が一ここらに医者が居ても、高めの薬にさらに診察代金なんて誰も払いやしないだろう。

 そんなことをざっくり説明する。ギルなんて「医者」という言葉すら初耳かもしれない。不審者を見る目から得体の知れないものを見る目に変わっている。弟子入り先を見つけたように、働き場所も自分で選ぶつもりなら、こんな庶民の常識から必要かもなあ。師匠って教えること多い。

 ノエルは考えるように唇をとがらせ、口元に手を当てる。そういうのは女の子がやってかわいい仕草であって男がやるもんじゃない。声変わりもしてないから、頑張れば女の子に見えちゃうんだぞ。おれの守備範囲が広かったら危ないぞ。

 家事やらなんやらはおれより出来るので、顔も相成って、そこそこ金のる家で箱入りで育てられた庶民のお嬢様というのがいちばんしっくりくる。箱入りお嬢様は鳥を捌けないだろうが。そもそも性別が違うのが問題か。

 日に当たることを知らないような白い肌、桜色の唇、と女の子に向ければ賛辞な言葉がぴったりの少年は「では」と落ち着いた声をあげた。


「では、咳が出たら咳止め、熱が出たら熱冷まし、と症状を緩和する薬を自己判断で選んで口にするのですか」


「そうだよ! だから熱冷ましくれってば!」


 幼い声に、ノエルは思い出したように顔を向けた。熱を出した妹より医者が居ないことのが気を奪ったのか、いや単に薬の売買に自分は関係ないと思ってんのかもな。

 それなら。思いついたことをそのまま口に出す。どうせ、おれの作った商品は子供にゃあ買えない。それなら。


「ノエルが作ったあの熱冷ましを売ってやったらどうだ? 長く保つモンでもないし」

「こんなヤツのでミリー治んのかよお。どう見たってバーシェリーじゃん」

「失礼ですね、私はレオン派ですよ」

「えーっ、絶対ローリーだろ!」

「ローリー? レオン?」


 どこのお方? 首を傾げると「物語ですよ」と補足が入った。


「ローリーという男が恋人を連れ去ったディンゴを倒しに行く冒険物語です。バーシェリーは毒に精通し他人をいたぶるのが趣味のディンゴの部下ですね。」

「それ子供向けなの?」

「もちろん」


 吟遊詩人も旅芸人も賑やかしの子供集めに絶対演じます。続けられた言葉にギルもうんうん頷いた。よく考えなくても、おれとノエルよりノエルとギルのが年が近い。二十年前より道もよくなってるし、そういった娯楽も昔よりずっと身近なんだろう。

 あっ、さっき言われた「おっちゃん」がじわじわ効いてきた……。おれ、この二人の親でもギリギリおかしくないんだな……。いつまでも独り身で恋人も居らず弟子は一人、よく考えたらけっこう寂しい状況である。今はまだいいけど。いつまでも若い気持ちで居ますけど。

 おれが年齢差にうちのめされてる間に、共通の話題を見つけた若者らは急速に仲良くなっていた。おれと居るより楽しそうだわね。そりゃそうね。フン。

 そうやって盛り上がってるうちに話はまとまったらしい。


「兄ちゃんの薬、ためしてみてもいーぜ」

「おー、じゃあ取ってきな」

「はあ、はい。わかりました」


 なのに、ノエルの雰囲気はちょっとぎこちない。作りたてほやほやで奥にしまってるわけもないのに、戻ってくるのに間があった。

 表をギルに任せて様子を見る。ノエルは薬瓶を持ったままじっと立っていた。


「なに、どした?」

「いえ、その。私なんてほとんど素人なのに、他人に飲ませるなんて」


 しかもほとんど他人の。ぽつん呟いた声は戸惑い。まあ、はじめて作ったようなもんだしなあ。不安にもなるかあ。

 苦笑いして瓶をとりあげた。


「素人でも、おれが見てたんだから半分はおれが作ったようなもんだよ。師匠の腕を信用しろって」


 不安になるのは一人っきりで作るようになってからだ。へらっと笑って、じっと待ってるだろう表の子供にそれを届けてやるのだった。







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次回は木曜15時です

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