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出会い頭と二葉の鬣




 冬の空も真っ青な冷え冷えとした目をする我が弟子ノエルだが、用意してくれた朝食はあいかわらずほかほかでうまい。ノエルが女だったら間違いなく求婚してたんだけどなー。いくらツラが美少女でも男じゃなー。


「ちょっと性転換の魔法でも覚えてみない?」

「物語魔法ですね」

「だよなー。」


 物語魔法とは、ざっくり言うと「物語の中にしかないような(非現実的な)魔法」ということである。

 そもそもおれたちは下級であれ「魔法使い」と名乗っているものの、魔法なんて使えない。上級魔法使いレベルでようやく、媒介の道具を使った魔法、たとえば杖なんかを使って空を飛んだり、剣に炎を纏わせたり、なんてことができるようになる。治癒魔法では多少苦痛を和らげられるとかなんとか。

 性転換とか、火球を放出とか、伝説や物語で映えるベンリな魔法が使えたら問答無用で特級である。といっても、彼らは放出魔法……道具や自身の身体から離れた位置で現象を起こすようなの、そんなのを一種類か二種類使えたら認められるそうなので、なんでもかんでもできるわけじゃない。家出中の特級は何が使えるか非公開だけど、新聞は炎系の魔法使いだと書いてあったから火球あたりに違いない。ノエルと同い年らしい若さでは、誇張したって伝説には敵わなかろう。

 食べ終わるころに出された茶を啜ってひといき。おれの煎れるのと配合が違って、まずい薬草茶なのにふしぎとうまい。


「なあお前お姉さん居たりしない?」

「妹は居ましたが、ワガママ放題でしたね」

「えっ、お前お兄ちゃんなの」

「兄も居ました」


 その言い方から家族の生死はわからない。表情はけろっとした無表情のまま、ただ言い方が過去形なのでもしかしたら「元金持ち」じゃなく「元貴族」かもしれないとは思う。魔法使いになる貴族は貴族身分が剥奪されるらしいのだ。

 でも貴族だと、こんなド田舎のおっさん魔法使いじゃなく、もっと優秀な魔法使いに師事するよなあ。それに、下級魔法使いよりずっと、貴族の次男三男のが生活はラクだ。だからといって没落貴族っぽさもなく、かしづかれるのが当然というふうでもない。家事もひょいひょいこなすし。

 彼をはじめに見たときには、まさか本気で下級魔法使いになろうとしてるなんて思わなかった。




 ちょうど一年前と言や、今より確か春めいていた。そういえば今年は春が来るのが遅い。去年は二週前にユノ草の収穫時期を迎えていたような気がする。朝起きられないのもなかなか暖かくならないせいだ。あったかくなったら? そりゃ起きられないに決まってら。

 じゃなくて。

 叩かれた扉を開けて見下ろした、季節はずれのだぼだぼローブを覚えている。無言で差し出された黄色い封筒は魔法使い協会発行の魔力証明である。

 おれに弟子入り? 聞いた声は半笑い。下級魔法使いとして独り立ちして早、えーと、早十六年目。初めての弟子である。


 仏頂面、喋らない、でも言われたことは素直に聞く。他人との同居も久しいおれではなかなか対応に困って、最初に顔を見せたきり家ん中でもフードを被り続けるノエルとの生活は正直気詰まりだった。気詰まりどころか一ヶ月で音を上げた。

 よーし今日こそは腹を割って話そうぜ! 十五なら酒も許されるぜ! とあんまり強くない果実酒や割って飲む用のもろもろをひっそり準備したのはノエルに熱冷ましの作り方を教えた日のこと。

 ユニコーンのたてがみと呼ばれる植物は、効果も薄いが毒性も薄いので免疫の弱い子供や老人向けの薬によく使う。その中から熱冷ましの効果を高めるために、干したユーパトールを戻した水やら一番星がアレスの夜に切ったルーファの蔓だとかを加える。読者の皆々様が覚える必要は一切ない。

 材料も手に入りやすく、薬にするのも煎じるだけなので初歩の調合になる。ノエルは無表情の慣れない手つきで、丁寧に薬を作り上げた。長いまつげを伏せ気味に、無意識に軽く唇を噛んで。

 素性の想像がつかないせいで「いったい何のために薬師なんかに」と思ってた不信感は、その真剣な面差しと完成品を見る満足げな気配で拭われた。へんなやつだが悪いやつではない。それはその薬を実際に使うことになって確信に変わった。



 がちゃんと表の扉が開いて、現れたのは近くの村のちびすけ。両手を超えない年のガキはみんなちびすけである。

 我が家は村からぽつんと離れてて、しかし村の端から端までと同じか少しの距離なので大したことはない。ちょっと小さい崖があるのと、調薬の課程で強い匂いがあったりするもんだから、採集なんかのことを考えて村から離れてるだけだ。村八分とかじゃない。

 で、ちびすけ。名前はギル、日に焼けて赤っぽくなった茶髪にそばかすの生意気小僧。

 そんなギル坊であるが、この日はやけに言い出しづらそうで気まずそうで、せっぱ詰まったような、なんか暗い雰囲気を醸し出していた。ノエルは頑なにフードをとらないし愛想もないから店番はおれで、弟子は洗濯をしていた。休日にふさわしい天気、客が来なきゃ年中開店休業みたいなもんだけど。あくせく働くのは効果の高い薬を安く作ろうと思ったら収穫日に決まりがあるからだ。アレスが一番星に光ったとか、第三ヨウィスの日の朝露とか。買うと高いんだよなあ、材料費のかかる王都ほど薬も値上がりするのは当然だ。うちは村で買える価格です。

 少年の悩み相談は受け付けてねーぞ、と思いつつも片手をあげて「どーしたよ」と声をかければしばらく黙ってちらちらこちらを見てくるギル坊。しばらく村の雑貨屋に薬の卸もなく、ノエルの顔ばっかり見てたので、ふつうの人間の顔ってこんなんだったなとしみじみした。自分の顔はそんなに見ない。


「な、なあ、おっちゃん」

「失礼な、お兄さんと呼べ」

「父ちゃんより年上なんだからおっちゃんだろ! じゃなくてさあ、熱冷ましの薬っていくら?」

「ぐっ、傷つくことを……、て、熱冷まし? 足りなくなってるのか?」


 ぱらぱら帳簿をめくる。が、いつもの消費量を考えれば足りなくなる量じゃない。

 うむむ、なんか流行りだしたか、と眉を寄せるもそれはすぐさま否定された。


「まだあるよ。でも、雑貨屋のやつちょっと高いじゃん。なんか手伝うから安くしてよ」

「はー? 高いって、ほとんど変わんないだろ。誰が熱出したんだ? 母ちゃんか?」

「母ちゃんには秘み、っうわ! 誰だオマエ!」


 お袋さんでもなきゃこっちにお使いさせたりしないだろ、と言ってみるとこれも首を振られる。続きを聞くべくギルに目を向けたのだが、ちびすけの顔はおれを通り越してうしろに。

 おれも首だけぐるり振り向く。小柄な体格、暗色のローブ。うん、まあ、予想はしてた。うちに今いる変なヤツったら一人だもんさ。

 驚いて目をまんまるにしてるのとは反対に、我が弟子ノエルはいつも通りの口を静かに開く。


「……一応は商売してたんですね」


 してたわ!





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