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起き抜け師匠と間際の氷


 おうい弟子、と目やにで開かない目をこすりこすりベッドから声をかけて少し、ばさりと顔に乗せられるほかほか適温のタオルと身体の方に新聞紙。

 そのまんまざっくり顔を拭ってなんとか目を開けて、生えた無精ひげを撫でつつのっそり上半身を起きあがらせた。新聞はアイロンがあてられてすっかり冷めている。毎度のことながら至れり尽くせり、まるでお貴族様の気分、と褒められるべき従僕、もとい弟子の姿を探すも、無言のままやってきて既に部屋を出ている。いつものように朝食を用意してるのだろう、下半身は上掛けを被ったままの状態で新聞紙を手に取った。なになに、一面、これはここ数日変わらない尋ね人の広告。なんでも特級魔法使いのお嬢様が家出したらしい、にっこり笑った二つ結びの美少女の顔。見つけた人には金一封どころか百封くらいの賞金が出るのだとか。藁ベッドの下級魔法使いからしてみれば一生遊んで暮らせそうな額だが、こんなド田舎に居るわけもないので夢物語に尽きるし、奥が一見つけたとして、特級なんて格上すぎて捕まえられるわけもない。

 それよりも本日はフレイアの日、ユノ草の収穫をしなくては。特級魔法使いは伝説に出てくるような奇跡の人として国に養ってもらえるけれど、おれみたいな十把一絡げの下級魔法使い資格じゃあくせく働かねば明日の食い扶持が減ってしまう。

 あーあでもめんどくせえな、ノエルに収穫させっかな、と弟子の姿を思い浮かべて、とろとろ上掛けから完全に脱出した。弟子の姿といっても、全身だぼだぼローブに深くフードを被った小柄な人影だ。なんの理由か、あの弟子は指先と口元くらいしか露出したがらない不審者なのである。


 なんて、まあ、理由はわかってんだけども。

 すぐに思い浮かぶローブからちょっとばかし記憶をたどれば、初対面のノエルまで思い出せるし、夏の暑いころには一緒に川にも入った仲だ。いくらなんでも、一緒に住んでて弟子にまでしておいて素顔がわからんなんてことはない。

 ノエルの素顔は、感心するくらい美少女なのだ。

 きらっきらの銀髪、透明な青い目、白い肌に長いまつげ。ちょっと勝ち気な猫みたいな顔つきで気品も兼ね備えている。これでほんとに美少女だったら三十を超えたばかりのまだまだ現役のおれもドキッとしてしまうところだが、アバラの浮いたうっすい腹もイチモツさえ目にしているのだから何も思いやしない。とはいえ、十代半ばの美少年で下級魔法使い見習いなんて立場じゃ、へんなやつに目を付けられる可能性がある。いままでにもイヤな目に遭ってるのかもしれないし、不審者っぽいほうが断然マシなのだろう。


 さて、さっきからちょくちょく魔法使いの話をしているので、注釈をいれておく。この国には国家資格の「魔法使い資格」というのがあり、序列は上から特級、上級、中級、下級。受験資格は魔力を持っていること、これは生まれつきの適性に依る。

 で、どれだけの魔力を使いこなせるかで合格資格が変わるんだが、ほとんど下級、十人に一人が中級、五百人に一人が上級で特級なんて居やしないと言われる。家出中のノアライン特級は何度も言うが伝説級、雲の上どころかおれらと同じ「魔法使い」なんて言っていいわけないよな、ってくらいでぶっちゃけ国王とおんなじくらい偉い。国と同等の立場でここにいる契約をしているのだ。

 それに比べて下級と云ったら、基準値以上の魔力があればとっておいたほうがいい資格止まり。けれどこの世界には魔力がないと触れない植物や殺せない生き物がわりと居て、それらはいろんな素材になる。だから冒険者や農家、薬師などなど、いろんな職業の者がいる。魔力なしでもそれらにはなれるが、下級魔法使いには審査や更新もあるので信用が高い。ちなみにおれは薬師である。特殊な薬は作れないので腕はそこそこといったところ。ド田舎では食いっぱぐれない程度。


 魔法使い新聞も三面まで読み進めると、薬師向けの薬草コーナーがある。ここは半年ごとに執筆担当が代わり、一年半前はおれだった。今はもっと南のヤツらしく、このあたりでは聞かない薬草や薬の煎じ方が書いてある。ふむふむと読み終え、次の面がまたノアライン特級に関しての特集なことを確認したところで、だぼだぼローブが再度部屋に現れた。室内で、おれしか居ないためにフードは外しているが、弟子入り当初はちっとも顔を見せやしなかったことを考えればずいぶん懐かれたものである。


「さっさと起きてください。日に日に起きるの遅くなってませんか? 年を考えたら早起きになるべきなのでは?」

「おれはまだ三十二……」

「私のちょうど倍ですね。いいから靴を履いて着替える。また紐を解かずに脱いだんですね、不精者」

「まだ若いのに口うるさいったら」

「黙っているとどんどん不快な環境になりますからね」


 洗い物も洗濯物もため込むし、汚れたまま使い回すし、とぶちぶち。おれも自分が不精者の自覚はあるが、ノエルは綺麗好きすぎるので元金持ちと見ている。

 下級魔法使いに師事するとき必要なのは魔法使い協会発行の魔力証明と多少の持参金だけなので、弟子入りからじき一年になるのにかれは一切素性を明かさない。おれも子供のころの話とかしたくないしどうでもいいけど。おれが話したくないのはすげー虐められてたからだけど、こいつはまた別の苦労をしてきてそうだ。

 そんな生あったかい目で仁王立ちのノエルを見ると、冷たい視線で靴を示され、ばさりと新聞を取り上げ畳まれる。


「今日は採集の日ですよ」

「それを決めるのはおれ……」

「間違ってます?」

「……イエ」

「じゃあさっさと動く。」


 ……はい。






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